メキシコは産油国です。ところが、ペソの解説を読んでも石油の話はほとんど出てきません。
理由の一つは、当サイトでも触れた通り、メキシコが「資源の国」というより「ものづくりの国」だからです(メキシコペソとは?を参照)。輸出の主役は工業製品で、原油ではありません。
では、石油はこの国で何をしているのでしょうか? 答えは、輸出で外貨を稼ぐ側ではなく、国の予算の中にあります。
産油国だが、輸出の主役ではない
まず規模を確かめます。メキシコの輸出に原油が占める割合は、5%台にとどまります。残りの大部分は自動車や電機をはじめとする工業製品です。
ここから一つ言えることがあります。「原油高だからペソ高」という連想は、メキシコでは素直に成り立ちません。原油が上がっても、輸出全体を押し上げる力は限られるからです。
この点は、資源が輸出の主役になっている国とは効き方が違います。南アフリカのように鉱物が輸出の中心を占める国であれば、資源価格の上昇はそのまま外貨の受け取りを増やします。メキシコの場合、原油の価格が動いても、経常収支の姿を大きく変えるほどの比重を持っていません(収支の中身の見方は経常収支とは?で扱いました)。
Pemexは、どれくらい大きいのか
メキシコの石油を担っているのが、国営石油会社Pemex(ペメックス)です。
規模を数字で見ます。2025年第3四半期の時点で、金融債務はおよそ1.8兆ペソ、ドル換算でおよそ850億ドルです。これとは別に、取引先への未払いが約280億ドルあるとされます。2026年に返済期限を迎える債務は3,174億ペソにのぼります。
生産の方は、長く減少が続いています。2025年1〜10月の平均で日量およそ161万バレル。油田の老朽化を背景に、20年以上にわたって減産の流れが止まっていません。
念のため書き添えておくと、これは会社が立ち行かなくなるという話ではありません。政府が支えているからです。ただし、その「支えている」という部分が、この記事の本題になります。
債務は減った。ただし、減らしたのは会社ではない
ここ数年、Pemexの債務は実際に減りました。2025年末の金融債務は、前年末のおよそ976億ドルから13%減り、11年ぶりの低い水準になっています。この数字だけを見れば、明らかな改善です。
ところが、同じ時期に別の数字も動いています。2026年の予算は、Pemexの債務返済のために2,635億ペソ(およそ141億ドル)を計上しました。2025年に政府が行った支援は、推計でおよそ500億ドル規模にのぼるとされます。政府保証をつけた基金も設けられています。
つまり、債務が減ったのは、会社が稼いで返したからというより、引き受け手が変わったからです。返済の主体が、会社から国へ移りました。
大事なのは、これでリスクが消えたわけではないという点です。リスクは移動しただけです。Pemexの決算書からは消えても、メキシコという国の予算の中に現れます。だから、この会社の財務諸表を追いかけても全体像はつかめません。見るべき場所は、国の予算の方へ移っています。
| 国営企業のリスク | 何が起きるか | どこに出るか |
|---|---|---|
| 南アフリカ(電力) | 停電が起きる | 生活と生産が止まる。目に見える |
| メキシコ(石油) | 何も止まらない | 国の予算の中で、お金の行き先が変わる |
南アフリカでは、国営電力会社の問題が計画停電という形で表に出ました(ロードシェディングとランド安を参照)。そして電力会社の債務は、国の財政を揺さぶる材料にもなってきました(財務相が代わると、なぜランドは一晩で急落する?で扱いました)。メキシコの場合、停電のように誰の目にも見える出来事は起きません。数字が予算の中を移動するだけです。
だから、見るべきなのは会社ではなく国の予算
では、国の予算はどうなっているのか。
メキシコの公的債務は、2026年6月の時点でGDP比51%です。2023年ごろは40%台前半でしたから、数年でかなり上がってきました。2026年の財政赤字の目標はGDP比4.1%で、当初はもっと絞る計画だったものの、支出の固さから届かなかったとされます。
その「支出の固さ」を示す試算があります。シンクタンクのMéxico Evalúaによれば、歳入1ペソのうち75センタボが、すでに使い道の決まったお金だといいます。年金、地方への交付、そして利払いです。残りは25センタボしかありません。
これが通貨に関わる理由は単純です。動かせるお金が少ない国は、何かあったときに打てる手が少なくなります。景気が落ち込んだとき、災害が起きたとき、対外的な条件が変わったとき。そこで使える余力が、あらかじめ削られている状態です。
なお、財政と金融政策は別の主体が担っています。政策金利を決めるのは中央銀行のBanxicoで、予算を組むのは政府です(メキシコ中銀「Banxico」の読み方を参照)。財政に余力がないことは、金利の判断を直接動かすものではありませんが、国全体の体力としては同じ土台に乗っています。
格付け会社は、すでにそう見ている
この構図は、市場の側からも見えています。
Fitchはメキシコの格付けをBBB−に据え置いていますが、その説明の中で、Pemexの存在が1段分の押し下げ要因になっているとしています。国そのものの評価に、この会社の重さが織り込まれているということです。
S&Pは2026年5月13日に、Pemexの見通しを「安定的」から「ネガティブ」へ変更しました。これは格下げではなく、今後引き下げる可能性があるという意思表示です。
格付けの記号や投資適格の線がどう引かれているかはソブリン格付けと新興国通貨にまとめてあります。ここで押さえておきたいのは、メキシコの評価を押し下げている中身として、Pemexが名指しされているという一点です。司法や治安といった別の論点はペソの「国内リスク」とは?で扱いましたが、財政の側にはこの重しがあります。
見分け方――三つだけ見る
Pemexとメキシコ財政のニュースを読むときに、確かめる場所を三つに絞ります。
一つ目は、Pemexの決算ではなく、予算のPemex向けの項目です。会社の数字が良くなっていても、国の負担が増えていれば、全体としては同じことが続いています。
二つ目は、原油の価格ではなく生産量です。値段が上がっても、出せる量が減っていれば稼ぎは増えません。減産が20年以上続いてきたことを踏まえると、量の側の動きが実態を示します。
三つ目は、格付けの見通しです。格下げそのものより、見通しの変更の方が先に出ます。方向が変わった時点で、市場の見方が動いたことになります。
| 見るもの | どこを見るか |
|---|---|
| 会社 | 債務の残高ではなく、政府からいくら受け取っているか |
| 国 | 公的債務の水準と、動かせる支出がどれだけ残っているか |
| 市場 | 格付けの見通しが、どちら向きに変わったか |
停電のように目に見える形では現れないので、この種のリスクは日々のニュースになりにくいところがあります。それでも、予算の中で使い道が固定されていく分だけ、国が動かせる範囲は狭くなります。産油国であることが強みとして働かず、むしろ予算の側で重さになっている。メキシコの石油を見るときは、油田ではなく国の帳簿の方を開いてみてください。次の会合の日程は中央銀行カレンダーにまとめてあります。

