当サイトでは、トルコを「慢性的な経常赤字の国」として繰り返し扱ってきました。海外に払うお金のほうが多く、その足りない分を海外から入ってくるお金で埋めている国です。この構造が地政学ショックの増幅装置になる仕組みはトルコリラはなぜ中東情勢で動く?で扱いました。

では、逆はどうなのでしょうか? 経常黒字の国の通貨は、強いのでしょうか?

日本は経常黒字の国です。しかも黒字額は過去最大の水準にあります。それでも円は、歴史的な安値圏で推移しています。教科書どおりなら、稼いでいる国の通貨は買われるはずです。この食い違いをほどいていくと、経常収支という数字の読み方が変わります。

経常収支とは、国全体の「稼ぎと支払い」の集計

経常収支とは、一定の期間に、その国が海外から受け取ったお金と、海外に払ったお金を集計したものです。受け取りが多ければ黒字、払いが多ければ赤字になります。

一つ押さえておきたいのは、これは国の家計簿ではないという点です。国と海外との間の出入りだけを見た集計なので、国内でどれだけお金が回っても、ここには出てきません。日本人が日本の店で買い物をしても経常収支は動かず、海外から石油を買えば動きます。

経常収支は、三つの部屋で出来ている

経常収支は「輸出から輸入を引いたもの」と説明されることがありますが、実際には性質の違う三つの部屋に分かれています。

部屋中身どんな国で大きくなるか
モノの売り買い(貿易収支)輸出と輸入の差資源や製品を売る国、資源を買う国で大きく振れる
サービスの売り買い旅行、輸送、保険、特許の使用料など観光客が多い国、技術やブランドを持つ国
海外に持っている資産から受け取る所得海外の子会社や債券から受け取る配当・利子長年にわたって海外に投資してきた国
※区分の呼び方や細目は、統計によって異なります。

三つ目が、見落とされやすい部屋です。過去に海外へ出ていったお金が、現地で稼いで戻ってくる分を指します。すでに投資が終わっている国ほど、この部屋が大きく育ちます。後で見るように、日本の黒字を支えているのは、ここです。

貿易収支と経常収支は、同じではない

当サイトでは、経常赤字を「輸入が輸出を上回っている状態」と近似して説明してきました。新興国を見る分には、この近似でたいてい足ります。トルコのようにエネルギーを買う側の国では、モノの出入りが収支の大部分を決めるからです。資源国では逆に、資源価格が上がれば輸出で稼ぐ外貨が増えます(この経路はランドはなぜ「資源通貨」なのかで扱いました)。

ただし、この近似が効かない国もあります。モノの売り買いでは大きく稼いでいなくても、海外に置いた資産から受け取る所得で取り返している国です。その代表が日本になります。

黒字なのに、円は買われない

日本は経常黒字で、その額は過去最大の水準です。それでも円は安値圏にあります。黒字が増えれば通貨が買われるという素直な因果が、ここでは働いていません。

理由は、黒字の中身にあります。日本の黒字を支えているのは、モノの輸出ではなく、海外に持っている資産から受け取る所得のほうです。海外子会社からの配当や、保有している外国債券の利子。この部屋だけで経常黒字の全体を上回る規模があり、これがなければ収支は赤字になる年もあります。

そして、ここが核心です。この所得の多くは、円に換えられることは少ないです。海外の子会社が現地で稼いだ利益は、日本へ送金されて円に替えられるとは限らず、そのまま現地で再投資されたり、外貨のまま置かれたりします。稼いだ外貨のうち円に戻ってくるのは半分程度だという指摘もあります。

モノの輸出との違いが、ここに出ます。輸出で受け取った代金は、国内で給料や仕入れの支払いに充てるために、いずれ円へ替える必要があります。ところが海外子会社の利益は、現地で使われるかぎり円にする理由がありません。同じ「黒字」でも、円を買う動きにつながるものと、つながらないものがあるわけです。

つまり、帳簿の上の黒字の大きさと、実際に為替市場で円を買う力の大きさは、別のものです。だから「黒字なのだから円は買われるはずだ」という読み方をすると外れます。

もちろん、円が売られている理由はこれだけではありません。日本と各国との金利差をはじめ、複数の要因が重なっています(円が売られる側に回った構造は円安は高金利通貨にどう効く?で扱いました)。ここでお伝えしたいのは、経常収支という数字だけでは通貨の向きは決まらない、という一点です。

そしてこの見方は、そのまま新興国にも当てられます。赤字の国を見るときも、赤字の額そのものより、それが何で出来ていて、どう埋められているかを見る。同じ話です。

よくある読み方実際に見るところ
黒字だから通貨は強いその黒字が、実際に自国通貨を買う動きになっているか
赤字だから通貨は弱い赤字を何で埋めているか。逃げ足の速いお金か、腰の据わったお金か
黒字が増えたから買われる増えた分が、三つの部屋のどこで増えたのか
※経常収支は通貨を動かす要因の一つで、これだけで方向が決まるわけではありません。

3通貨では、どこを見るか

同じ経常収支でも、論点になる場所は通貨によって違います。

トルコは、慢性的な赤字が続いてきた国です。赤字そのものより、それを何で埋めているかが問われてきました(トルコリラはなぜ中東情勢で動く?を参照)。資源を買う側に立つ国の宿命でもあります(トルコリラとは?もあわせてどうぞ)。

メキシコは、1994年に赤字を短期の資金で埋めていて崩れた経験を持ちます(テキーラ危機(1994)を参照)。埋め方を間違えると何が起きるかを、実例として残した国です。

南アフリカは、資源価格によって輸出の稼ぎが大きく動きます。収支そのものが資源の周期に揺さぶられるので、単年の数字だけを見ても傾向はつかめません。

トルコは埋め方、メキシコは教訓、南アフリカは資源の周期。見る場所が、それぞれ違います。

見分け方――三つだけ見る

経常収支のニュースを読むときは、三つを確かめます。

一つ目は、どの部屋で出来ているかです。モノなのか、サービスなのか、海外資産からの所得なのか。同じ黒字でも、中身によって通貨への影響が変わります。

二つ目は、その黒字が自国通貨に換えられているかです。統計の黒字と、通貨を買う力は同じではありません。

三つ目は、赤字なら何で埋めているかです。逃げ足の速いお金に頼っているほど、市場が動揺した局面で影響が出ます。埋められなくなったときに何が起きるかは、外貨準備とは?ともつながる話です。

黒字か赤字かは、答えではなく入口

黒字だから安全、赤字だから危険。この読み方では、通貨は追えません。日本は過去最大の黒字を出しながら売られ、トルコは赤字を抱えたまま高い金利を払い続けています。

経常収支は、その国が海外とどう関わっているかを示す断面です。なお、ランド円やペソ円で見えている値動きには円側の事情も混ざっているので、その切り分けはクロス円とは?を参考にしてください。

黒字か赤字かを確かめたら、そこで止まらずに、中身と埋め方まで一段深く見てください。そこまで見て、はじめて通貨の話につながります。