「格下げされたので売られました」というニュースの説明は、どこか物足りません。格付けは紙の上の評価が変わっただけで、それ自体がランドを売るわけではないからです(格付けそのものの仕組みはソブリン格付けとは?で扱いました)。
実際に通貨を売るのは、その国の資産を持っている人たちです。だとすれば、格下げの前に確かめておきたいのは、誰が、どれだけ持っているのかの方になります。
南アフリカ国債の持ち主は、この数年で大きく入れ替わりました。その入れ替わりが、ランドに何を意味するのかを見ていきます。
かつて、4割以上が外国人のものだった
南アフリカ国債の非居住者(外国人)保有比率は、2018年に4割を超えていました。統計の取り方によって42〜44%と幅がありますが、いずれにせよ持ち主の4割以上が海外だったということです。それが2023年末には24.2%、直近の2025年7月末で24.7%まで下がりました。5年ほどかけて、持ち主のうち20ポイント近くが入れ替わった計算になります。
ここで大事なのは、株ではなく国債の話だという点です。南アフリカ政府は、借金の大半を自国通貨で調達しています。2025/26年度の借入計画でも、外貨建てはおよそ2割で、残りはランド建てです。
ランド建ての国債を外国人が買うには、まず自国の通貨を売ってランドを買う必要があります。引き揚げるときは、その逆をやります。国債の売買が、そのまま為替の売買になるということです。だから「外国人が南アフリカ国債を売った」は、ほぼそのまま「ランドが売られた」を意味します。
外貨建てで借りている国では、こうはなりません。投資家は為替の変動を引き受けていないので、売っても直接の通貨売りにはなりにくい。かわりに、通貨が下がるとその国の返済負担そのものが重くなります。どちらが安全かという話ではなく、痛みの出る場所が違うと考えた方が正確です。
判断ではなく、規則で売られる数日間
持ち主が入れ替わる引き金になったのが、2020年3月27日です。ムーディーズが南アフリカの格付けを投資適格から引き下げ、主要3社すべてが投機的水準をつけた状態になりました。
ここから先が、格下げの本番です。南アフリカ国債は、投資適格の国債で構成される代表的な指数「FTSE世界国債インデックス(WGBI)」の構成国から外れることになりました。指数の入れ替えは2020年4月末に行われ、5月1日以降は対象外です。南アフリカの組み入れ比率は0.45%でした。
この指数に連動して運用しているお金は、割安か割高かを判断しません。指数から外れた国債は持てないので、決められた日に、決められた分を売ります。判断ではなく、規則で売るのです。相場を読んで売るのではないため、値段がいくらであっても売りは出ます。
日付が前もって分かっているなら、市場は落ち着いて受け止めそうなものです。ところが実際には荒れました。売りが来ることは分かっていても、どれだけ来るかが分からなかったからです。当時の流出額の推計は、10億ドル程度から100億ドル超まで大きく割れていました。金額が確定しないまま、数週間にわたって「どこかで大きな売りが出る」という警戒だけが残ります。
この時期、ランドは対ドルで19ランド台まで売られて当時の史上最安値を更新し、ランド円も5円台後半まで下げました(この局面はランド暴落の歴史で扱っています)。ただし、同じ時期は新型コロナで世界中がリスクオフに傾いていた最中でもあります。指数からの除外だけが理由だったわけではありません。売られる材料と、規則で売る主体が、同じ月に重なったと見るのが実際に近いところです。
逃げ足の速いお金と、遅いお金
同じ「海外マネーが引く」でも、速さがまるで違います。
円キャリーの巻き戻し(円キャリーの巻き戻しとは?)で動くお金は、数日で決着します。レバレッジをかけた持ち高が閉じられるだけなので、勢いは強いかわりに短い。
一方、指数に連動する運用や年金のお金は、判断も移動もゆっくりです。だからこそ、4割超が2割台になるまでに数年かかりました。一晩の急落ではなく、じり安の土台の方を作るお金だといえます。
そして、この二つは重なることがあります。土台が下がっているところに速いお金の巻き戻しが来ると、下げ幅は大きくなります(重なったときに何が起きるかはランド円はなぜ急落するのかで見た通りです)。日々のニュースで追えるのは速い方ですが、数年単位で効くのは遅い方です。
今起きていること――流出は、いったん止まった
足元では、南アフリカへの資金の出入りが落ち着いてきています。非居住者の保有比率は2025年7月末で24.7%と、2023年末の24.2%からわずかに戻り、下げ止まった形です。2018年から続いた一方向の流出は、いったん止まっています。
とはいえ、4割を超えていたころには遠く及びません。戻ってきているのは事実ですが、戻り切ってはいないというのが今の位置です。
ここで、一つ補助線を引いておきます。外国人の保有比率が下がること自体は、悪いことばかりではありません。国内の年金や保険が国債の買い手として厚い国では、海外のリスクに対するムードが変わっても買い支える先が残ります。南アフリカは国内の機関投資家が厚い国で、2020年に外国人が抜けた分を、結果として国内が引き受けました。比率が低いこと=危ないこと、ではないのです。問われるのは、抜けた席に誰が座ったかの方です。
3通貨では、どこを見るか
同じ「外国人の売り」でも、通貨によって効き方が異なります。
| 通貨 | 見るところ |
|---|---|
| 南アフリカランド | 非居住者の保有比率と、その向き。国債がランド建てなので、売りがそのまま為替に出る |
| メキシコペソ | 資金の出入りが対米の不透明感に反応する。金利差の動きと一緒に見る |
| トルコリラ | 外国人の保有はすでに低い。出ていく資金より、外貨建ての借金の方が効く |
ペソの場合、資金の出入りは対米のニュースに反応します。関税や協定の見直しが動くたびに、メキシコ資産を持つ理由そのものが問い直されるからです(この構造はペソを動かす「対米リスク」とは?で扱いました)。
トルコのように、外国人がとうに抜けたあとの通貨では、この指標はあまり効きません。出ていくお金が残っていないからです(リラで効くのは別の経路で、トルコ中銀の「独立性」とは?で扱いました)。指標には、効く場面と効かない場面があります。
見分け方――三つだけ見る
一つ目は、誰が売っているのかです。投機的な持ち高の巻き戻しなら数日で終わります。指数や年金のお金なら、数か月から数年かけて効きます。同じ「売られた」でも、戻ってくるまでの時間が違います。
二つ目は、その国債が何建てかです。自国通貨建てなら、売りはそのまま通貨売りとして出ます。外貨建てなら、通貨安が返済の重さに変わります。ニュースの見出しが同じでも、痛みの出る場所が違います。
三つ目は、水準ではなく向きです。保有比率が何%かより、減っている最中なのか、戻り始めたのかを見ます。とくに経常収支の赤字を海外からの資金で埋めている国では、この向きが効きます(南アフリカの経常収支とは?、外貨準備とは?)。世界のムードが変わったときに、埋めていたお金が先に抜けるからです(リスクオン・リスクオフとは?)。
持ち主は、値段より先に決まっている
格下げが通貨を落とすのではありません。落とすのは、格下げをきっかけに「持てなくなった人」が出す売りです。だから格付けのニュースを読むときは、その国の国債を誰がどれだけ持っていて、そのうち何割が規則で動く資金なのかを、あわせて見ておきたいところです。
なお、ランド円やペソ円の値動きは、こうした相手国側の事情だけで決まるわけではありません。円の側の動きが残り半分を占めます。その切り分けはクロス円とは?を参考にしてください。
持ち主の名簿は、値段が動く前に書き換わっています。ニュースが「格下げ」と伝えた時点では、名簿の方はとうに動き始めているのかもしれません。

