前回の記事では、地政学リスクはリラ安の「増幅装置」であり、その増幅がどれだけ大きくなるかを決めるのは、実は「国内政治」だ、という話で締めくくりました。

このシリーズでは、リラを動かす要因を「中央銀行」「金利」「地政学」と見てきましたが、この記事で扱う国内政治こそ、リラを動かす最大の要因だと言っても言いすぎではありません。実際、近年のリラの記録的な急落は、経済指標ではなく、政治のニュースがきっかけで起きています。しかも、そこには繰り返される“同じ型”があります。この記事では、その型を2つの具体的な出来事から読み解いていきます。

なお、ここで扱うのはあくまで「市場がどう受け止め、為替にどう伝わったか」という経済の話であり、特定の政治的立場の評価ではありません。その前提で読み進めてください。

なぜ国内政治が、これほどリラを動かすのか

まず、仕組みの話から。政治のニュースが、なぜ金利やインフレ以上にリラを揺さぶるのでしょうか?

鍵は、中央銀行の独立性の記事で見た「制度への信認」です。通貨の価値とは、突き詰めれば「この国の制度は信頼できるか」への評価です。中央銀行が政治から独立しているか、法律やルールが政治の都合で覆されないか――こうした制度の中立性を、市場は通貨の信頼の担保として見ています。

だからこそ、「この国では、制度よりも政治の意向が優先されるのではないか」と市場が受け止める出来事が起きると、通貨は真っ先に売られます。とりわけ、政権が野党――つまり将来の政権交代の可能性そのもの――を法的な手段で抑え込もうとしている、と市場が解釈した場合、その反応は激しくなります。「政治が司法や制度を上書きできる国」という印象は、そのまま「この国の資産は安心して持てない」という判断につながり、海外の投資家は資金を引き揚げ、国民は自国通貨を手放してドルや金に逃げようとするからです。

これは前回までに見た構造と地続きです。中央銀行の独立性という「制度」の話が、より広い「国内政治と司法」の舞台に拡大したもの、と捉えると分かりやすいでしょう。

では、それが実際にどう起きたのでしょうか? 近年の2つの出来事を見ていきます。

型①:イスタンブール市長の拘束(2025年3月)

一つ目は、2025年3月に起きた、イスタンブール市長エクレム・イマモール氏の拘束です。

イマモール氏は、最大野党・共和人民党(CHP)の有力政治家で、エルドアン大統領の最大のライバルと目され、次期大統領選の候補者に指名されていた人物です。2025年3月19日に拘束され、23日に汚職やテロ関連の容疑で収監されました。これらの容疑について、本人と党は一貫して否定しています。

ここで重要なのは、市場がこの出来事をどう受け止めたかです。多くの市場参加者や観測筋は、これを大統領選をにらんだ政治的な動きと受け止めました。その結果、リラは急落します。拘束の当日、リラは対ドルで一時12%超も下落し、当時の史上最安値(1ドル=42リラ前後)をつけました。

事態を重く見た中央銀行の対応は、断固たるものでした。リラの下落を食い止めるため、当局は保有する外貨を売って買い支えに回ります。その結果、トルコの外貨準備は2月のピーク(約1,010億ドル)から急速に取り崩されました。3月中旬以降、週に30〜90億ドルというペースで介入が続いたとみられ、1か月で売却した外貨は400〜500億ドル規模。手元に残る純準備は200億ドルを割り込みました。通貨を守るという行為が、いかに高くつくかを示す数字です。

さらに動いたのが金利です。中央銀行はこのとき、ピークだった50%からようやく利下げを始めていた最中でしたが、その流れをいったん止め、逆に政策金利を引き上げて(42.5%から46%へ)、通貨防衛に踏み切りました。

金利だけを追うと乱高下したように見えるかもしれません。しかしこれは、前回まで見てきた「正統派チーム」の規律を、むしろ裏づける場面でした。政治ショックでリラが売られたとき、彼らは政治に迎合して利下げを続けるのではなく、教科書どおり「通貨とインフレを守るために引き締める」ほうを選んだのです。利下げの歩みが一時的に逆回転したのは事実ですが、それは“ブレ”ではなく、“政治に流されない”という一貫した姿勢の表れでした。

加えて、高いスワップを狙って入っていた海外のキャリー資金も、10億ドル単位で一気に引き揚げられました。

政治ショック → リラ暴落 → 中央銀行が防戦(介入と利上げ)。この一連の流れが、フルセットで現れたのです。

型②:最大野党の党大会無効と党首交代(2026年5月)

そして、それから約1年後の2026年5月。市場は、驚くほどよく似た光景を再び目にすることになります。

2026年5月21日、首都アンカラの裁判所(上級審)が、CHPの2023年の党大会を「手続き上の不備」を理由に無効と判断し、当時選ばれた党首オゼル氏を事実上退けて、前党首のクルチダルオール氏を復帰させる、という決定を下しました。CHPはこれを「司法によるクーデターだ」と強く反発し、選挙管理を担う機関(YSK)へ異議を申し立てるなど、対抗する姿勢を見せています。一方、政府側は市場の動揺について「日々の値動きにすぎない」とし、経済プログラムを粛々と進める構えを示しました。

市場の反応は、やはり急激でした。株式市場ボルサ・イスタンブールは6%下落してサーキットブレーカー(強制的な取引一時停止)が発動し、国債も売られ、リラは再び最安値圏へ。中央銀行は、またしても数十億ドル規模のドル売り介入で対応しました。同じ型の、忠実な反復です。

ただし、前回と違う点もありました。市場の反応は、2025年のイマモール氏拘束のときよりは限定的だったのです。その理由として、中央銀行がより素早く介入したこと、そして海外投資家が(前回の教訓から)あらかじめリラのポジションを軽くしていたことが挙げられます。市場が“この型”をある程度学習していた、とも言えます。

このとき最も警戒されたリスクは、海外勢の逃避以上に、国民自身がリラを見限ってドルへ逃げる「ドル化」でした。

2つの出来事に共通する「型」

イマモール氏の拘束と、CHPの党首交代。舞台も経緯も違いますが、市場から見た構造はそっくりです。

政権が最大野党を法的な手段で抑え込む動きに出た、と市場が受け止める → 制度の中立性への疑念が強まる → リラと株が売られる → 中央銀行が外貨準備を取り崩して防戦する。

これが、近年のリラを最も大きく動かしてきた「型」です。そしてこの型の根っこは、中央銀行の独立性の記事で見た「制度か、人か」という問いと、まったく同じ場所にあります。制度が政治の意向で上書きされうる国では、中央銀行の独立性だけでなく、司法の中立性という、より広い制度への信認までもが、通貨の値動きに直結するのです。

ちなみに、こうした「司法・制度への信認」が通貨のリスクになるのは、トルコだけではありません。メキシコでも、裁判官を選挙で選ぶ司法改革が、投資家の不安材料として意識されています(ペソの国内リスクの記事で扱っています)。国は違っても、「制度の信頼が揺らぐと通貨が売られる」という力学は共通しているのです。

結局、リラと国内政治をどう見ればいい?

この記事の内容を、リラを見るときの視点にまとめます。

リラに関わるなら、経済指標のカレンダーだけを追っていては不十分です。野党や司法をめぐる政治のニュースこそ、一日でリラを最も大きく動かしうる材料だからです。しかもこれらは、経済データのように事前に予定が組まれているわけではなく、突発的に出てくることが多い。だからこそ、リラは他の高金利通貨よりも「読みにくい」通貨なのです。

大事なのは、政治ニュースを「良い・悪い」で評価することではなく、それが市場にどう受け止められ、制度への信認をどう揺らすかという角度で眺めることです。

その意味で、今後の最大の政治イベントは、2028年に予定される(前倒しの可能性も指摘される)大統領選でしょう。それに向けて野党や司法をめぐる動きがどう推移するかは、リラを持つうえで避けて通れない観測ポイントになります。

まとめ

これで、リラを動かす4つの面――中央銀行の独立性高インフレと金利地政学・国内政治――が出そろいました。

振り返ってみると、そのすべての根っこにあるのは、「この国の制度は、政治から独立して信頼できるか」という、たった一つの問いでした。

リラの高いスワップは、その問いに市場が抱く不安の裏返し――いわば「不信の対価」です。そして、その不信を最も直接的に刺激するのが、この記事で見た国内政治なのです。

高金利という数字の派手さだけを見るのではなく、その裏にある制度と政治への信認まで含めて眺める。ここまでの4記事を通してその視点が身についていれば、トルコリラという難しい通貨とも、地に足をつけて向き合えるはずですよ。