前回の記事で、トルコリラ(TRY)の核心は「中央銀行が政治から独立できているか」にある、という話をしました。その独立性の綱引きのうえで、いまトルコの政策金利は37%という高水準にあります。

37%――日本の感覚からすると、めまいがするような数字です。100万円預ければ年37万円、と考えたくなります。ですが、この数字をそのまま「もうけ」と受け取ると、大きな落とし穴にはまります。

この記事では、その37%という金利の“正体”を解剖します。名目の派手さの裏で実際に何が起きているのか。そして、日本の個人投資家がいちばん気にするであろう「トルコリラの高いスワップ」の本当の姿を、やさしく解きほぐしていきます。前回が「信認の歴史」だとすれば、今回は「実践の算数」です。

「37%」の大半は、インフレが食べている

まず押さえるべきは、名目金利と実質金利の違いです。

名目金利とは、額面どおりの金利のこと。トルコの場合は37%です。一方、実質金利とは、そこからインフレ率を差し引いた「本当の手取り」のことです。お金の額面が37%増えても、その間に物価が同じだけ上がってしまえば、買えるモノの量は増えていません。増えた分の購買力こそが、実質的なリターンです。

トルコのインフレ率は、2026年半ばの時点でおよそ32%。すると、実質金利はこう計算できます。

名目37% − インフレ32% ≒ 実質4%

37%という派手な数字の大半は、インフレによる目減りを穴埋めしているだけで、実質的に増えているのは4%程度、ということです。この「実質4%」は、南アフリカランドメキシコペソの実質金利と比べても、飛び抜けて高いわけではありません。むしろ、インフレがもう少し上振れすれば、実質金利はあっさりゼロに近づきます。

ここで大事なのは、「37%」は幻の高金利ではないが、額面ほどの魔法でもない、という感覚です。高インフレの国の金利を見るときは、必ずインフレ率とセットで、実質でいくら残るのかを見る。これが第一の物差しです。

なお、この「実質4%」はあくまでトルコ国内の話――トルコの人が自国通貨で預金したときの実質リターンであり、トルコの金融政策がどれだけ引き締め的かを示す数字です。私たち日本の投資家がリラ円で受け取る「スワップ」の話は、これとは別の座標軸で考える必要があります。ここを混同すると、話がこんがらがります。順に見ていきましょう。

スワップの正体①――リラにも「二層構造」がある

日本の投資家がリラ円(TRY/JPY)を持つと、高いスワップポイントを毎日受け取れます。なぜこんなに高いのか? そして、それは本当に「おいしい」のか?

ここで思い出したいのが、ペソの回で扱った二層構造です。リラ円のような通貨ペアの損益は、二つの層に分けて考えると見通しがよくなります。

ひとつは、スワップ(受け取り)。これを生むのは「トルコと日本の金利差」です。トルコの政策金利が37%、日本が超低金利ですから、その差は桁違いに大きい。だからリラ円のスワップは、ランド円やペソ円よりもさらに高くなります。ここだけ見ると、確かに魅力的です。

もうひとつが、為替レートそのものの値動き。こちらを動かすのは、主にリラの「対ドル」での強弱です。そして前回見たとおり、リラは長期にわたって下落を続けてきました。つまり、スワップをコツコツ受け取っている裏側で、リラ円のレート自体がじわじわ下がっていく。「もらえるスワップ」と「レートの下落」が、いつも綱引きをしているのです。(スワップの仕組みそのものはこちら、二層構造の詳しい解説はBanxicoの記事で扱っています)

この構造はランドやペソと同じです。ただ、リラの場合は金利差が極端に大きい分、スワップも大きいけれど、下落の勢いも強い。綱引きの両側が、どちらも力持ちなのです。

スワップの正体②――高スワップは「保険料の前払い」

では、なぜリラのスワップはこれほど高いのでしょうか? ここに、この記事でいちばんお伝えしたい核心があります。

高いスワップは、「トルコが親切だから」もらえるのではありません。市場が「この通貨は今後も下がる」と予想しているからこそ、その高い金利が付いているのです。

少し考えてみてください。もし「絶対に下がらないのに金利だけ高い通貨」があったら、世界中の投資家が殺到して買い、あっという間に金利差ぶんの利益が消えてなくなるはずです。そうならずに高い金利が残り続けているということは、市場が「その高い金利は、いずれ通貨の下落で相殺される」と見込んでいる、ということにほかなりません。

つまり、リラの高いスワップは、リラが下がることへの「保険料の前払い」のようなものです。あなたは高いスワップを受け取る代わりに、「リラが下落する」というリスクを引き受けている。長い目で見れば、受け取ったスワップと、レートの下落による損失は、かなりの部分で打ち消し合う傾向があります。これは、世界の為替市場に働く基本的な力学です。

これが、前回の記事の最後に投げかけた問い――「実質金利がプラスでも、なぜリラ安は完全には止まらないのか」――への答えです。高い金利は、下落を止める力である以上に、下落を織り込んだ結果でもあるのです。もちろん、これは「リラ円は必ず損をする」という意味ではありません。下落ペースがスワップに見合わないほど緩やかな時期もあれば、その逆もあります。ただ、「高スワップ=タダでもらえるボーナス」という発想は、ここできっぱり捨てておくべきです。高スワップの裏には、必ず急落のリスクが張りついています。

ニュースに出てくる「複数の金利」――金利コリドーの話

もう一点、トルコの金利ニュースを読むときに戸惑いやすいポイントを、先に潰しておきます。トルコの金利を調べると、37%以外にもいくつかの数字が出てきて混乱することがあります。

これは、トルコ中銀が金利コリドー(回廊)という仕組みを使っているためです。ざっくり言うと、中銀は「政策金利」という一点だけでなく、その上下に幅を設けて金利をコントロールしています。2026年半ば時点では、こうなっています。

ふだん注目すべきは、真ん中の政策金利37%です。ただ、市場が混乱した局面では、中銀がこの回廊の幅を使って、実質的な資金調達コストを機動的に動かすことがあります。ニュースで複数の金利が出てきたら、「基準は37%、その上下に調整用の幅がある」と捉えておけば十分です。

「正常化」のサインをどう読むか

最後に、正統派チームがいま何をしているかを示す、二つのサインを紹介します。金利の数字だけでなく、こうした動きも「リラの信認が回復しているか」を測る手がかりになります。

ひとつは、為替保護預金(KKM)の廃止です。KKMは、2021年の通貨危機のさなかに導入された緊急措置で、「リラ預金が対ドルで目減りしたら、その差額を国が穴埋めする」という、かなり異例の制度でした。国民のリラ離れを食い止めるための苦肉の策でしたが、国庫の負担は推計で約600億ドルにものぼったとされます。正統派チームはこの制度を計画的に縮小し、2025年に新規・受付を停止、残高もほぼ解消させました。緊急時の“松葉杖”を外せた、という意味で、正常化の象徴的な一歩です。

もうひとつは、インフレ目標そのものが動くという点です。トルコ中銀は2026年のインフレ見通しを、当初の16%前後から、24%程度へと大きく上方修正しました。中東での戦争によるエネルギー価格の上昇が、インフレを押し上げると見込んだためです。ここで注意したいのは、「インフレが目標に近づいた」というニュースを読むとき、その“目標”自体が動いている可能性がある、ということ。目標をずらせば、達成のハードルは下がります。数字が改善したのか、ゴールが動いたのか――そこを区別して読む目が要ります。

結局、リラのスワップをどう見ればいい?

この記事の要点を、リラ円と向き合うときの目線にまとめます。

こうして見ると、リラ円は「高金利だからお得」と単純化できる通貨ではないことが分かります。名目の派手さの奥にある実質と、下落リスクとの綱引き。ここを腹に落としたうえで付き合うかどうかで、向き合い方はまるで変わってきます。

そして、その「下落」を実際に引き起こす引き金は何なのか? ここまで「中央銀行」と「金利」という内側の話をしてきましたが、リラを揺らすのは国内要因だけではありません。次の記事「トルコリラはなぜ中東情勢で動く?地政学リスクという“増幅装置”をやさしく解説」では、中東の地政学リスクが、なぜリラにとって“燃料”ではなく“増幅装置”として効いてくるのかを見ていきます。