トルコリラの解説には、必ずと言っていいほど「トルコは経常赤字の国だから」という一文が出てきます(当サイトでもトルコリラとは?で触れました)。赤字だから海外のお金に頼る、頼っているから逃げられると弱い。ここまでは、よく語られる筋道です。
ところが、その先がほとんど語られません。その赤字は、何でできているのでしょうか?
赤字を作っているのは、売れないことではない
経常収支そのものの中身は経常収支とは?で扱ったので、ここでは中身の話に進みます。
まず押さえておきたいのは、トルコが物を売れていないわけではないという点です。モノの輸出は伸びています。それでも赤字が残るのは、買っている側が大きいからです。
どれくらい大きいのか。数字で見ると、はっきりします。2026年5月の経常収支は14.6億ドルの赤字でした。ところが同じ月、金とエネルギーを除いた収支は36.3億ドルの黒字です。前年同月も36.2億ドルの黒字で、この部分は安定して黒字を保っています。
つまり、トルコの経常赤字は、売るものがないから出ているのではありません。買っている二つのもので出ています。その二つとは、エネルギーと金です。
なお、この記事では単月の数字と12か月累計を分けて扱います。12か月でならすと、2026年5月時点の経常赤字は約373億ドルです。月ごとの数字は季節によって大きく振れるので、傾向を見るときは累計の方が向いています。
一つ目は、エネルギー
トルコはエネルギーの多くを輸入に頼っています。2026年5月のエネルギー収支は、およそ45億ドルの赤字でした。前年同月と比べて5割以上の拡大です。
ここで押さえるのは一点だけです。赤字の大きさが、自国では決められない値段で動くということです。原油の価格が上がれば、同じ量を買っていても支払いは膨らみます。使う量を急に減らせるものでもありません。産業も家庭も、エネルギーなしでは回らないからです。だから中東情勢が緊張すれば、それはほぼそのまま収支に出てきます。この経路が地政学の増幅装置として働く仕組みはトルコリラはなぜ中東情勢で動く?で扱いました。
二つ目は、金――そして、なぜ金を買うのか
もう一つが金です。ここが、この国の収支で一番特徴的な部分になります。
トルコの家計は、インフレと通貨安から資産を守る手段として、昔から金を買ってきました。中央銀行の推計では、家計が持つ登録されていない金は3,110億ドルにのぼるとされます(2024年7〜9月期時点)。国内にある金の総額は7,500億ドルを超え、経済規模の半分近くに達するという試算もあります。
そして、その金の多くは輸入されます。ここから、一つの流れが見えてきます。
リラが信用されないほど、家計は金を買う。金を買えば輸入が増える。輸入が増えれば経常赤字が膨らむ。赤字が膨らめば、海外のお金がより必要になる。通貨への不信が、輸入という形で経常収支に表れている、という指摘があります。リラをめぐる信認の問題そのものはトルコ中銀の「独立性」とは?で扱いました。
| 買っているもの | 値段を決めるのは | 増えるとき |
|---|---|---|
| エネルギー | 国外(産油国・地政学) | 中東情勢の緊張、原油高 |
| 金 | 国外(国際価格) | インフレとリラ安が進むとき |
ここで、南アフリカと比べてみてください。南アフリカは金を掘って売る側で、その稼ぎがどこまで国に残るかが論点でした(南アフリカの経常収支とは?を参照)。トルコは金を買う側です。同じ金属が、二つの国で正反対の向きに効いています。金価格が上がると、南アフリカでは入ってくる側が膨らみ、トルコでは出ていく側が膨らみます。同じニュースが、二つの通貨に逆向きに届くわけです。
夏に稼いで、冬に払う
赤字の話ばかりしてきましたが、トルコには大きく稼いでいる部門もあります。観光です。
2026年5月のサービス収支は52.1億ドルの黒字で、そのうち旅行が38.2億ドルを占めます。夏の観光シーズンに外貨を稼ぎ、それが年間の収支を支える構造になっています。
だから、この国の月次の数字は季節で形が変わります。2026年1〜4月の累計赤字は293.7億ドル(前年同期は225.9億ドル)に達しましたが、12か月でならすと373億ドルに収まります。冬から春にかけて赤字が膨らみ、夏に取り返す。単月の見出しに反応せず、12か月の累計で見るのが、この国の収支の読み方です。
赤字は、誰が埋めているのか
赤字は、誰かが埋めなければ続きません。埋め方は主に、海外からの投資、銀行や企業の借り入れ、そして外貨準備の取り崩しです。
2026年3月に起きたことが、その実例になります。中東情勢が緊迫したこの月、トルコ中央銀行の金準備が2週間で118トン超も減りました。2013年以降で最大の減少です。エネルギーの支払いとドルの需要が急に膨らみ、手元のドル資金を確保する必要に迫られた局面でした。
この118トンは、すべてを売ったわけではありません。中央銀行総裁の説明によれば、売却したのは約26トンで、残りの約92トンはスワップ、つまり満期に戻ってくる契約です。実際、4月下旬にはスワップを解消し、金準備を積み戻しています。準備の中身には、すぐ使えるものと、そうでないものが混じっています(この区別は外貨準備とは?で扱いました)。なお、外貨準備は2026年3月末時点で416億ドルでした。
この一件が示しているのは、同じ金が、家計と中央銀行で逆向きに動いたということです。家計はリラへの不信から金を買い、中央銀行はドルを作るために金を手放しました。国全体では金を買い続けている一方で、いざドルが要るときには、その金が出ていく側に回る。赤字を作った当のもの(エネルギーの支払い)が、それを埋める手段(金)まで動かしたことになります。
外国人投資家が国債を売って抜けていく局面では、この負担はさらに重くなります(その仕組みは外国人が国債を売ると、なぜ通貨は落ちるのかで扱いました)。南アフリカでは、外国人が抜けた席に国内の銀行や機関投資家が座りました。トルコでは、中央銀行が手当てして凌いだ形です。埋め方が変われば、通貨の落ち方も変わります。
| 通貨 | 見るところ |
|---|---|
| 南アフリカランド | 稼ぎがどこまで国に残るか(出ていく側の大きさ) |
| メキシコペソ | 対米の輸出と送金が支える一方、米国側の事情に左右される |
| トルコリラ | 何を買っているかと、赤字を何で埋めているか |
赤字の大きさより、赤字の中身
「トルコは経常赤字の国だ」という説明は、間違ってはいません。ただ、そこで止まると見えないものがあります。金とエネルギーを除けば収支は黒字で、赤字を作っているのは売れないことではなく、買っているものです。しかもその二つは、値段を自国で決められません。
そして金については、買う理由の一部が通貨そのものへの不信にあるとされます。リラが弱いから金を買い、金を買うから赤字が膨らむ。この輪の中にいる通貨だ、と考えると、この国の収支の見え方が変わります。
赤字の額そのものより、何で赤字になっていて、それを何で埋めているのか。そこまで下りて初めて、収支の数字は通貨の話につながります。なお、リラ円の値動きには円の側の事情も混ざるので、その切り分けはクロス円とは?を参考にしてください。

