アメリカが利上げをすると、新興国通貨は売られる。当サイトでも何度か扱ってきた筋道です。
ただ、2013年に起きたことは、利上げではありませんでした。FRBは政策金利を動かしていません。動かす予定も示していません。議長が議会で、債券を買う量をそのうち減らすかもしれない、と答えただけです。
それだけで、新興国から資金が引き揚げられました。この年に「脆い」と名指しされた5つの通貨には、ランドとリラが並んでいます。
「買う量を減らす」と答えた日に、何が動いたか
2013年5月22日、バーナンキFRB議長が上下両院の合同経済委員会で証言しました。用意された証言原稿では、緩和のペースを緩めることに慎重な言い方をしています。そのあとの質疑応答で、景気指標の改善が続けば債券の購入ペースを落とす可能性がある、と述べました。
反応が出たのは、まず米国の長期金利でした。10年債の利回りは、5月1日の1.66%がこの年の最低でした。証言の当日は2.03%、9月5日には2.98%、12月31日には3.04%と、年間の最高値をつけています。
買い入れ額が実際に減ったのは、12月です。12月17日から18日のFOMCで、毎月850億ドルの買い入れを翌1月から750億ドルに縮めると決めました。市場が動き出したのは、決定の7か月前になります。
ここが利上げとの違いです。政策金利が動けば金利差が変わり、受け取るスワップが変わります。買う量が減るときに変わるのは、世界に出回っているお金の総量です。同じ「FRBが引き締める」でも、届き方が別になります(金利が動いたときに何が起きるかはFRBが利上げしたら、ランド円・ペソ円・リラ円はどうなる?で扱いました)。
「脆い」と名指しされた5つの通貨
同じ2013年の8月、モルガン・スタンレーの調査チームがレポートを公表しました。新興国担当のジェームズ・ロード氏がまとめたもので、題は「EM Currencies: The Fragile Five」。フラジャイル・ファイブ、脆い5通貨という呼び名は、ここから広がりました。
挙げられたのは、ブラジルレアル、インドルピー、インドネシアルピア、トルコリラ、南アフリカランドの5つです。当サイトが扱う3通貨のうち、2つがここに入っています。
共通点として示されたのは、成長に必要なお金を海外からの投資に頼りすぎている点でした。経常収支が赤字の国は、その赤字を外から来たお金で埋めます。世界にお金が余っている間は、埋める相手に困りません。ところが米国の金利が上がり始めると、そのお金には帰る場所ができます。リラとランドが同じ性質を抱えている点は、トルコリラはなぜ中東情勢で動く?でも触れました。
これは、下がる通貨を当てた予想ではない
当サイトの3通貨のうち、ペソだけが5つに入っていません。理由は、今確定している数字を並べると見えてきます。
| 国 | 経常収支(対GDP比) | 5つに入ったか |
|---|---|---|
| 南アフリカ | -5.3% | 入った |
| トルコ | -5.1% | 入った |
| ブラジル | -3.6% | 入った |
| インドネシア | -3.2% | 入った |
| インド | -2.6% | 入った |
| メキシコ | -2.4% | 入っていない |
並べた6つの国は、すべて赤字です。メキシコも赤字でした。差があるのは、赤字の大きさだけです。
そして、5つに入らなかったペソも下げています。証言の翌月にあたる2013年6月、ペソは対ドルで7%近く下落しました。米国の金利が上がるなら、メキシコの債券を持ち続ける理由も薄くなるからです。年の前半には構造改革への期待で買われていた通貨が、ひと月で押し戻された格好になります。
つまりこの5つは、下がる通貨を当てた予想ではありませんでした。区切っていたのは、外から来たお金にどれだけ乗っているか、という一点です(赤字を誰が埋めているのかという見方は経常収支とは?にまとめてあります)。
それでも、日本の口座は増えていた
ここからが、日本から持っている人にとっての本題です。名指しされた通貨は、この年どこまで下げたのか。年ごとの平均レートで並べます。
| 2012年 | 2013年 | 2014年 | |
|---|---|---|---|
| 1ドル=ランド | 8.21 | 9.66 | 10.85 |
| ランド円 | 9.74円 | 10.12円 | 9.76円 |
| 1ドル=リラ | 1.80 | 1.90 | 2.19 |
| リラ円 | 44.44円 | 51.34円 | 48.40円 |
| 1ドル=ペソ | 13.17 | 12.77 | 13.29 |
| ペソ円 | 6.06円 | 7.64円 | 7.97円 |
| ドル円 | 79.79円 | 97.60円 | 105.94円 |
ランドは対ドルで8.21から9.66へ下げました。ところがランド円は、9.74円から10.12円へ上がっています。リラも同じで、対ドルでは1.80から1.90へ下げたのに、リラ円は44.44円から51.34円です。
なぜこうなるのか。答えは表の一番下の行にあります。同じ年、ドル円は79.79円から97.60円へ動きました。2013年4月4日、日本銀行は「量的・質的金融緩和」を導入し、市場に供給するお金を2年で2倍にすると決めています。米国が量を減らそうかと言い始めた年に、日本は量を増やすと宣言しました。
ランド円は、ドル円を対ドルのレートで割った答えです。分子が大きくなれば、分母が悪くなっても答えは減りません。脆いと名指しされた通貨を持っていた日本の投資家の口座では、2013年の評価額はむしろ増えていました。同じ年、ドル建てで同じ通貨を持っていた投資家は、損を抱えていました。持っている通貨は同じでも、どの通貨で数えるかで結果が逆になる。その割り算そのものはクロス円とは?で扱いました。
帳尻は、翌年に来た
隠れていたものが、消えたわけではありません。
2014年、ランドは対ドルで10.85まで下げました。ドル円も105.94円へ進んでいますが、今度は追いつきません。ランド円の年平均は9.76円で、2012年の水準まで戻りました。リラ円も51.34円から48.40円です。
対ドルの下落は2年続き、円安の方が3年目に減速しました。差が出たのは、この一年のずれです。当サイトのランド暴落の歴史では、2008年・2015年・2020年の急落を並べています。2013年がそこに入っていないのは、日本から見た値動きが、その年は暴落として現れなかったからです。
ペソだけは、その後が違います。2014年も7.97円と、前年を上回りました。対ドルでは13.29まで下げていますが、下げ幅が他の2通貨ほど大きくならず、円安の分が残っています。もともと外から来たお金への依存が小さい通貨だったので、遅れて届いた分も限られました。
同じことがもう一度起きたら、どこが違うのか
2013年と今とで、はっきり変わったところが二つあります。
一つは、引き揚げられるお金がどれだけ残っているかです。南アフリカ国債を外国人がどれだけ持っているかは、2018年の4割超から、2025年7月末には24.7%へと下がりました。逃げるお金は、逃げる前にそこに居なければなりません。抜ける席がすでに減っている国では、同じニュースでも当時と同じ幅では動かない可能性があります(誰がどれだけ持っているかは外国人が国債を売ると、なぜランドは落ちる?で確かめられます)。
もう一つは、円です。2013年の円安は、日本が緩和に踏み込んで進みました。今の円安は、日本と他国の金利差が開いたまま埋まらずに続いています。ところが、日銀が利上げに向かう局面では、2013年にランド円やペソ円を押し上げたものが、逆を向きます。
量を減らす側と、増やす側。2013年に米国と日本が担っていた役回りは、入れ替わることもあります。
その通貨は、誰のお金で回っているのか
フラジャイル・ファイブは、通貨を弱い順に並べた表ではありません。どこまで外から来たお金に頼っているかで引かれた、一本の線です。
2013年に線の内側にいたランドとリラは、今も同じ性質を持っています。ただし、当時と同じ額のお金がそこに入っているわけではありません。線の引かれ方を知っておくと、次に米国の金融政策が動いたとき、自分の持っている通貨がどちら側に置かれるのかを、あらかじめ見ておけます。
その国の赤字は、今は誰が埋めているのか。そのお金は、米国の金利が上がったときに帰る場所を持っているのか。13年前の名指しは、この二つを尋ねていたことになります。

