トルコリラ37%、南アフリカランド7.00%、メキシコペソ6.50%。額面だけを並べると、勝負にならないように見えます。
ところが、それぞれの国のインフレ率を引くと、風向きが変わります。リラは約4%、ランドは約2〜3%、ペソは約3%。ほぼ横並びになってしまうのです。
では、実質で最も高いリラを選べばいいのでしょうか? もちろんそんな単純な話ではありません。実質金利が最も高いリラは、3通貨の中で最も値動きが荒く、長期にわたって価値を落としてきた通貨でもあるからです。この一見おかしな話をほどいていくと、実質金利という物差しの正しい持ち方が見えてきます。
実質金利とは何か
まず定義を押さえます。名目金利は額面どおりの金利、実質金利はそこからインフレ率を引いた、購買力ベースの手取りです。
100万円が1年後に137万円になっても、その間に物価が1.32倍になっていたら、買えるモノの量はほとんど増えていません。増えた額面から物価上昇に食べられた分を引いて、実際にどれだけ豊かになったかを測る。それが実質金利です。
なお「政策金利 − インフレ率」は簡便な計算方法で、国債の利回りなど市場金利を使う流儀もあります。ここでは通貨どうしを見比べるための、おおまかな物差しとして扱います。
一つ覚えておきたいのは、実質金利がプラスならその通貨は持っているだけで購買力が増え、マイナスなら減っていくということです。この感覚は、記事の後半で効いてきます。
3通貨と、日本を並べてみる
3通貨に日本を加えて、4つを並べます。
| 通貨 | 政策金利 | インフレ率(対象月) | 実質金利(概算) |
|---|---|---|---|
| メキシコペソ | 6.50% | 3.37%(2026年6月) | 約 +3% |
| 南アフリカランド | 7.00% | 4.5%(2026年5月) | 約 +2〜3% |
| トルコリラ | 37% | 約32%(2026年半ば) | 約 +4% |
| 日本円 | 1.00% | 1.7%(2026年6月) | 約 −0.7% |
実質で並べ直すと、順位が入れ替わります。名目では最下位だった日本が、実質でも最下位である点は変わりませんが、注目すべきは符号です。4つのうち日本だけが、実質金利がマイナスになっています。
これは、円を持っているだけでは購買力が目減りしていく状態を意味します。日本の政策金利は2026年6月に1.00%へ引き上げられましたが(経緯は日銀が利上げしたら、ランド円・ペソ円・リラ円はどうなる?で扱いました)、物価の上昇がそれを上回っているためです。日本から高金利通貨に資金が向かう動機の一つは、ここにあります(この構図は円安は高金利通貨にどう効く?で扱っています)。
では、実質で最も高いリラを、なぜ「安全」と呼べないのか? ペソを軸にしたペソ円のスワップは、なぜ“安定”して見えるのかに続いて、ここでは物差しの側から、三つの落とし穴として整理します。
落とし穴①:どのインフレ率を引くのか
実質金利を計算するとき、引く数字には二通りあります。
一つは実績のインフレ率です。すでに発表された数字を引くので、誰が計算しても同じ答えになります。ただし、それは過去の話です。もう一つは期待インフレ率、つまりこれから1年で起きるだろうと市場が見込んでいるインフレ率です。人によって数字が違いますが、これから通貨を持つかどうかを判断するうえで効いてくるのは、こちらです。
| 引く数字 | 何を表すか | 使いどころ |
|---|---|---|
| 実績インフレ率 | すでに起きた物価上昇 | 誰が計算しても同じ。現状の確認に向く |
| 期待インフレ率 | これから起きると見込まれる物価上昇 | 判断に効くのはこちら。中央銀行が見ているのも先の物価 |
例えばトルコの実質金利は約4%ですが、これは実績で計算した数字です。この先インフレがさらに上振れすれば、実質金利はあっさりゼロに近づきます。同じ通貨でも、引く数字を変えれば答えが変わってしまうわけです。
ここで一つ、腑に落ちることがあります。中央銀行が見ているのは期待のほうなので、インフレ率が下がったのに利下げしない、ということが起こります。先を見て決めているからです。メキシコ中銀が利下げを打ち止めた判断も、粘り強いコアインフレを見てのことでした(メキシコ中銀「Banxico」の読み方で扱っています)。
落とし穴②:実質金利は「安全度」を測っていない
表①に戻ります。実質で最も高いのはリラでした。ただ、この表を見て「リラが最も有利だ」と読む人は、あまりいないと思います。高い金利にはそれだけの理由がある、という感覚が先に働くからです。
その感覚は正しくて、根拠ははっきりしています。実質金利が高い理由が、通貨によって違うからです。
高い実質金利には、性格の異なる二種類があります。一つは、物価の上昇を抑え込むために中央銀行が意図的に高くしている場合。もう一つは、それだけ高くしないと誰もその通貨を持ってくれない場合です。同じ「実質+4%」でも、前者は経済の体力を表し、後者は信認をつなぎ留めるための対価を表します。数字は同じでも、意味は正反対です。
つまり実質金利は、その通貨の手取りを測る物差しであって、安全度を測る物差しではありません。見るべきは水準そのものではなく、「なぜ高いのか」のほうです。
落とし穴③:誰にとっての実質金利なのか
ここが、この記事で最もお伝えしたい部分です。
表①の「実質+4%」は、トルコの人がリラで預金したときの手取りを表しています。日本から投資する人の手取りではありません。この点はトルコリラの金利37%の“正体”とは?でも触れたとおりです。
では、日本から高金利通貨を持つ人には、どちらが効いてくるのでしょうか?
受け取るスワップは、名目の金利差で決まります。相手国と日本、それぞれの名目金利の差が原資であり、インフレ率は直接には関係ありません(スワップポイントとは何かを参照)。一方、実質金利が効いてくるのは為替のほうです。インフレが高い通貨は購買力が落ち続けており、長い目で見れば下がりやすくなります。
ここで、当サイトの二層構造の枠組みと重なります。第一層(スワップ)は名目の金利差で決まり、第二層(為替レート)は実質のほうに引きずられる。だから「実質で見ればリラも4%しかない」と「それでもリラのスワップは厚い」は、矛盾ではなく層が違う話なのです。枠組みそのものは二層構造の金利差で扱っています。
名目でもらって、実質で払う。名目の派手さに引きずられて損をする構図の正体が、ここにあります。
実質金利がマイナスになるとき
実質金利がマイナスの状態は、その通貨で持っているだけで購買力が減っていくことを意味します。
これを激しい形で経験したのが2021年のトルコで、実質金利が深いマイナスに沈んだ結果、自国民が自国通貨を手放して外貨へ逃げる動きが広がりました(経緯はトルコ中銀の「独立性」とは?にまとめています)。
ここから、実質金利が測っているものの正体が見えてきます。それは、その通貨を、その国の人が持ち続けたいと思えるかどうかです。外国人投資家より先に、自国民が答えを出します。
なお、日本の実質金利もマイナス圏にありますが、トルコとは目盛りが違います。トルコが経験したのは20%を超えるマイナスで、日本の1%に満たないマイナスとは程度が何十倍も異なります。同じ物差しで測れるからといって、同じ現象が起きるわけではありません。
使い方――三つだけ覚える
物差しの持ち方を、三つに絞ります。
一つ目は、名目を見たら必ずインフレ率を横に置くことです。「37%」は単体では意味を持たず、インフレ率とセットにして初めて意味のある数字になります。
二つ目は、水準より「なぜ高いのか」を見ることです。物価を抑え込むための高さなのか、信認をつなぎ留めるための高さなのか。同じ数字でも意味が正反対になります。
三つ目は、中央銀行のインフレ目標との距離を見ることです。目標に近づいていれば、いずれ利下げに向かい、スワップは細る方向に働きます。逆に遠ざかっていれば、高い金利は続きますが、通貨は下がりやすくなります。どちらに転んでも、都合のよいほうだけが来ることはありません。
その高さは、体力なのか、対価なのか
実質金利は、額面から化粧を落とすための道具です。ただ、落として出てきた数字を眺めるだけでは足りません。残った数字が何を意味するのかを考えるところまでが、この物差しの使い方になります。
いま見ているその高さは、経済の体力から出てきた高さなのでしょうか? それとも、その通貨を持ってもらうために払われている対価なのでしょうか? 同じ「実質4%」でも、答えが変われば、付き合い方も変わってきます。次に高金利通貨の数字を見るとき、この問いを一つ持っておくと、額面の派手さに引きずられずに済むはずです。

