今週の主役は、メキシコペソでした。金曜の取引で1ドル=16.98ペソをつけ、節目の17ペソを割り込んでいます。日中ベースで17を下回ったのは2024年6月3日以来、実に2年ぶり。現地では「スーパーペソ」の再来と報じられました。年初来では対ドルで5.4%の上昇です。

そしてもう一つ、今週は円建てで持つ人にとって久しぶりに気持ちのよい週でもありました。ここ三週間、「対ドルでは買われているのに円建てでは目減りする」というねじれが続いていましたが、今週はドル円が157円台から159円台へ戻したことで、通貨側と円側の力がようやく同じ方向に揃ったからです。三通貨とも、円建てで水準を上げました。

背景にあるのは、米国の物価統計です。外(ランド=資源)/隣(ペソ=対米連動)/中(リラ=国内政治とインフレ)の順に見ていきます。

今週の三通貨(8/10〜14)

通貨ペア週末終値の目安対ドルの水準今週の主役
ランド円(ZAR/JPY)9.8円前後16.2ランド台3月上旬以来の高値圏へ
ペソ円(MXN/JPY)9.3〜9.4円16.9〜17.0ペソ2年ぶりの17ペソ割れ
リラ円(TRY/JPY)3.32円前後47.9リラ前後最安値の更新が続く管理減価
※水準は週間のおおよそのレンジです。確定した日足の終値は、公開前にご利用のレート元でご確認ください。

今週は、分子と分母が同時に味方した週でした。ランド円は「ドル円 ÷ ドルランド」という割り算で決まりますが、分子のドル円が157円台から159円台へ上がり、分母のドルランドも16.2台へ下がった。両方が上向きに効いたため、ランド円は9.8円前後まで水準を戻しています。ここ三週間とは逆の並びです。

円側:物価のしぶとさで、円は160円方向へ戻る

米CPI:月次は穏やか、年間はしぶとい

8月12日に発表された7月の米消費者物価指数(CPI)は、季節調整済みの前月比で0.1%の上昇でした。6月が0.4%の下落だったので、そこからは持ち直した形です。ただし前年同月比では3.4%と、依然として高い水準にとどまりました。食品とエネルギーを除くコア指数は、前月比0.2%、前年比2.5%です。

押し下げに効いたのはガソリンでした。6月に9.7%下落したのに続き、7月も2.9%の下落。中東情勢の緊張緩和による原油安が、そのまま反映されています。一方で、食料品と住居費は上昇が続きました。

「利下げ」でも「利上げ」でもなく、様子見へ

市場の受け止めは微妙でした。先週の雇用統計(7月は2万3,000人の減少)は明らかに弱く、利下げ観測を強めるものでした。ところが今週のCPIでは、年間3.4%という数字が「インフレはまだ落ち着いていない」ことを示しています。

雇用は弱いのに、物価は下がりきらない。これは中央銀行にとって最も動きにくい組み合わせです。結果として市場は「9月の会合は据え置きだろう」という見方に傾き、9月に利上げが行われる確率は42%程度まで低下しました。7月のFOMCで3人の委員が利上げを主張していたことを思えば、方向感がずいぶん薄まった格好です。

面白いのは、この「動きにくさ」が、7月に据え置きを選んだSARBやTCMBと全く同じ構図だという点です。原油高で物価が上がる一方、景気は弱い。だから動けない。数週間前に新興国の中銀で見た板挟みが、今度は米国で起きています。

円は159円台へ、キャリー巻き戻しはいったん一服

利下げ観測が後退したことで、米金利の低下圧力が和らぎ、ドルが買い戻されました。ドル円は先週の157円台から159円台前半まで戻し、再び160円が視野に入る水準です。この1か月で見れば円は1.9%ほど強くなっていますが、この1年では8%超の下落です。

先週お伝えした円キャリー取引の巻き戻しも、今週はいったん落ち着きました。ただし、この構図が消えたわけではありません。米国と日本の金利差が縮む方向に動けば、いつでも再燃しうるテーマとして残っています。(参考:スワップ狙いが崩れるとき

外(ランド):3月上旬以来の高値圏、資源国通貨に資金が戻る

ランドは今週も堅調でした。対ドルでは16.1〜16.2ランド台で推移し、3月上旬以来の高い水準を維持しています。この1か月で0.6%、この1年では約7.9%の上昇です。7月下旬に17ランドを試した局面から、きれいに切り返しました。

支えになっているのは、米国の利上げ観測が後退したことです。9月の利上げが遠のけば、相対的に高い金利を提供する新興国通貨に資金が向かいます。とりわけランドの場合、政策金利7.00%からインフレ率を差し引いた実質金利が主要新興国の中でも高い部類にあり、この「物価を差し引いてもなお高い」という点が買われる理由になっています。(参考:SARB政策金利ガイド

加えて、原油の落ち着きも追い風です。6月のCPI加速の主犯だった燃料価格の上昇圧力が和らげば、南アフリカのインフレも頭打ちになります。SARB(南アフリカ準備銀行)が7月に据え置きを選んだ際の懸念材料が、一つずつ解消されつつある状況です。次回の会合は9月で、それに向けて8月19日に発表される7月のインフレ統計が最初の手がかりになります。(参考:南アフリカランド(ZAR)とは?

隣(ペソ):2年ぶりの17ペソ割れ、「スーパーペソ」の再来

今週一番の話題は、ペソでした。金曜の朝方、メキシコシティ時間の午前8時前に1ドル=16.9965ペソをつけ、節目の17ペソを割り込んでいます。その後は17台にわずかに戻したものの、日中で17を下回ったのは2024年6月3日以来、2年ぶりのことです。

2024年6月3日というのは、シェインバウム大統領とモレナ党が地滑り的勝利を収めた選挙の翌日にあたります。当時は選挙結果への警戒からペソが急落した局面で、以来ずっと17を上回って推移していました。その水準を2年かけて取り戻した、という意味のある節目です。年初来では5.4%の上昇になります。

強さの理由は、いくつも重なっています。先週のBanxico(メキシコ中銀)の2会合連続据え置きで、政策金利6.50%という高い水準が維持されました。米国の利上げが遠のけば、金利差は開いたまま残ります。そこに、前年同期比2.2%増という好調な第2四半期GDP、目標圏内に収まったインフレ、そしてUSMCA交渉が「決裂ではなく前進」で進んでいることが加わりました。(参考:Banxicoの政策金利

ただ、水を差すようですが、ここまで強い通貨には反動もつきものです。ペソは過去にも、対米関係への楽観が資金を呼び込み、その楽観が反転したときに大きく崩れた歴史があります。USMCAの第4ラウンドは9月初旬に予定されており、そこが当面の試金石です。(参考:テキーラ危機(1994)メキシコと米国の関係

中(リラ):同じ高金利でも、こちらは記録的安値圏

一方、リラは対ドルで47.9リラ前後と、今週も水準を切り下げました。7月に47.2リラをつけたあとも下値を切り下げており、最安値の更新が続いています。

ランドやペソが「米国の利上げが遠のいた」という同じ追い風を受けているのに、リラだけが逆を向いているのはなぜか。答えは、実質金利にあります。トルコの政策金利は37%と突出して高いのですが、8月3日に発表された7月のインフレ率は31.75%。差し引きの実質金利は、数字ほどの余裕がありません。ランドやペソのように「物価を差し引いてもなお高い」とは言いにくい水準です。

しかもトルコの場合、中央銀行が為替市場に介入しながら、意図的に緩やかな減価を続けさせる運営をしています。急落を防ぐ代わりに、じりじりと水準を下げていく。だから世界的にドル安が進む局面でも、リラだけは淡々と下がり続けます。TCMB(トルコ中央銀行)は「物価安定が達成されるまで金利は引き締め的に保つ」と繰り返しており、成長リスクへの配慮を求める声にも押し返す姿勢です。(参考:トルコの中央銀行の独立性

同じ「高金利通貨」というくくりでも、名目の数字ではなく実質で見ると、まるで違う姿が見えてきます。今週はそれがはっきり表れた一週間でした。

スワップ・キャリーのメモ:名目より実質を見る

今週の値動きは、スワップ狙いの人にとって一つの示唆を含んでいます。名目金利の高さと、通貨の強さは比例しないということです。

政策金利だけを並べれば、トルコ37%、南アフリカ7.00%、メキシコ6.50%の順です。ところが今週、対ドルで最も買われたのはペソとランドで、最も売られたのがリラでした。順番がきれいに逆になっています。

理由は実質金利です。インフレ率を差し引いた後に、どれだけ利回りが残るか。ここが厚い通貨は、通貨そのものが買われやすくなります。逆に、名目金利が高くてもインフレがそれに迫っていれば、その高金利は通貨価値の目減りを埋め合わせているだけで、実質的な旨みは残りません。スワップの数字だけを見て通貨を選ぶと、この差を見落とします。(参考:ランド円スワップポイントの基本

もう一点、円側については先週の見方を維持します。日銀は1.0%まで利上げし、さらに上を見ています。新興国と日本の金利差=スワップの原資は、日本側が上がる分縮んでいく方向です。今週はキャリーの巻き戻しがいったん止まりましたが、構造としての向かい風は残ったままです。

来週の注目ポイント

結局、来週の新興国通貨をどう見ればいい?

今週は、三週間続いた「ねじれ」がようやく解消した週でした。通貨側が良く、円側も味方した。ランド円もペソ円も、素直に水準を上げています。こういう週は気持ちがいいものですが、だからこそ確認しておきたいことがあります。今週上がったのは、通貨が強くなったからか、それとも円が弱くなったからか。答えは「両方」で、円側の寄与も小さくありません。良い週ほど、内訳を見る習慣が効いてきます。

そしてもう一つ、今週一番はっきり見えたのが、同じ高金利通貨の中での二極化です。ペソは2年ぶりの高値、ランドは3月以来の高値圏、そしてリラは記録的な安値圏。この三者を分けたのは、名目の金利ではなく実質金利でした。「金利が高い通貨」ではなく「物価を差し引いてもなお金利が高い通貨」が買われる――米国の利上げが遠のく局面では、この選別がいっそう強く働きます。

来週は、南アフリカのインフレ統計が最初の手がかりになります。数字を見るときは、政策金利7.00%から引き算をしてみてください。そこに残る数字が、ランドが今買われている理由そのものです。