2026年8月7日の金曜日に、アメリカの7月分の雇用統計が発表されました。非農業部門の雇用者数は、前の月から2万3,000人の減少でした。事前に見込まれていたのは8万〜9万人程度の増加で、過去の2か月分の統計にも修正が入ったことで、相場は大きく動きました。
この日、南アフリカランドもメキシコペソも、対ドルでは買われています。それでも円建てのランド円・ペソ円・リラ円は、三つとも発表前の水準を下回りました。
アメリカの雇用の数字が、なぜ日本の口座の評価額まで届くのか。そして、その発表のどの部分が相場を動かしているのか。
相場が反応したのは、当月の数字ではなかった
先に、この日一番重く受け止められたものを置きます。2万3,000人の減少という当月の数字ではなく、過去2か月分の書き換えでした。
同じ発表の中で、5月分は6万6,000人下方修正されて6万3,000人の増加に、6月分は3万7,000人下方修正されて2万人の増加に、それぞれ改められています。2か月前と3か月前の労働市場は、当時発表されていた数字よりも弱かったことになります。
当月の数字が一つ悪かっただけなら、単月のぶれという読み方が残ります。ところが過去2か月が揃って下向きに書き換えられると、その弱さは単月の事情では説明できなくなります。この日にアメリカの利下げ観測が急に前へ出て、ドルが広く売られたのは、そのためです。ドル円は157円台前半まで水準を下げています。
円建てで持っている人の口座では、そこで向きが分かれます。ペソの対ドルは17.22ペソ、ランドは16.2ランド台。どちらも年初来では強い部類の水準です。それでも円建てが目減りしたのは、同じ時間に円の方がもっと買われていたためです(この分け方はクロス円とは?で扱いました)。
発表された数字は、そのあと二度書き換わる
なぜ、過去の数字が動くのでしょうか?
雇用者数は、事業所に給与支払いの記録を尋ねる調査から作られています。回答が集まりきらないうちに、いったん数字を出す仕組みです。米議会調査局の資料によれば、それぞれの月の推計は3回発表されます。速報、2回目、そして3回目が最終です。
| 発表 | いつ出るか | 回答が集まった割合 |
|---|---|---|
| 速報 | その月分として最初に出る | 60.4% |
| 2回目 | 翌月の発表と同時 | 89% |
| 3回目(最終) | 翌々月の発表と同時 | 90.9% |
つまり、金曜の夜に見ている数字は、6割の回答で作られた途中経過です。残りの4割が届くのは、そのあとの2か月間になります。
書き換えの幅は、平均で5万人ある
では、その書き換えはどのくらいの大きさなのでしょうか? 同じ資料に、2003年以降の平均が出ています。改定の幅は、平均で5万1,000人です。
上下の向きを含めて平均すると、9,000人の上方修正になります。ならしてみれば、改定は普段わずかに上を向いています。
ここが7月分の特徴でした。上を向きやすいはずの改定が、5月分も6月分も下を向いた。しかも5月分の6万6,000人は、平均の幅を超えています。
そして、この書き換えは円側にも回ってきます。アメリカの金利が下がる方向に見えると、日本との金利差は縮みます。低い金利で円を借りて高金利通貨を買う取引の妙味が薄れ、その持ち高を手じまう動きが出る。スワップ狙いが崩れるときで扱った巻き戻しが、この週から始まりました。
年に一度、桁が一つ変わる
月ごとの書き換えの他に、年に一度、まとめて水準を直す作業があります。ベンチマーク改定と呼ばれるもので、調査から作った推計を、雇用保険の記録という取りこぼしの少ないデータに合わせ直します。
規模は、月ごとの改定とは桁が違います。
| 段階 | 対象 | 幅 |
|---|---|---|
| 月ごとの改定 | その月の前2か月 | 平均5万1,000人(2003年以降) |
| 年次改定の速報 | 2024年3月〜2025年3月 | 91万1,000人の下方修正 |
| 年次改定の確報 | 同じ期間 | 86万2,000人の下方修正 |
ここで目を引くのは、速報の91万1,000人が、確報では86万2,000人になっていることです。書き換えた数字が、さらに書き換えられている。
この年次改定の速報値は、毎年夏に公表されます。2026年は8月28日の予定で、9月の会合を前にした材料の一つになります(会合の結果そのものがどこに届くかはFRBが利上げしたらで扱いました)。
同じ数字が、三通貨には別の道で届く
ここまではアメリカと円の話です。三通貨には、ここから先が分かれます。
ランドとリラは、道が一本です。アメリカの金利の見通しが動き、ドルの強さが変わり、その対ドルの水準が動く。8月7日にランドが16.2ランド台まで買われたのは、この道を通った結果です。
ペソだけは、二本目の道を持っています。アメリカの労働市場そのものが、メキシコの家計に直につながっているからです。その規模は2025年で618億ドル、メキシコの国内総生産の3.4%にあたります。アメリカの雇用が細る局面では、金利とは別のところからも圧力がかかります(この資金の性格はメキシコペソを支える送金で扱いました)。
| 通貨 | 米雇用統計が届く道 | 見るところ |
|---|---|---|
| 南アフリカランド | 米金利の見通し → ドル → 対ドル | ドルの強さと、実質金利の高さ |
| トルコリラ | 同じ一本道。管理された減価が上に乗る | ドル安の日でも下げ続けるかどうか |
| メキシコペソ | 一本道に加えて、送金という実体の道 | 金利差と、送り手の側の変化 |
次の発表で、どこを見るか
雇用統計は原則として、翌月の第1金曜に発表されます。2026年8月分の回は9月4日にあたり、その11日後の9月15日から16日にFOMCが開かれます。この回は経済見通しの公表を伴います(五つの中央銀行の日程は会合カレンダーに置いてあります)。
見るところを三つに絞ります。
一つ目は、見込みとの差です。数字の良し悪しそのものではなく、見込まれていた水準からどれだけ離れたか。7月分は8万〜9万人の増加が見込まれて2万3,000人の減少でしたから、差が大きい部類に入ります。
二つ目は、過去2か月の改定です。当月の数字と並んで、必ず載っています。向きが揃っているかどうかは、その場で確かめられます。
三つ目は、失業率との食い違いです。7月分は、雇用者数が減った月でありながら、失業率は4.2%から4.1%へ下がりました。仕事を探すのをやめた人は、統計のうえで失業者に数えられません。母数の側が縮めば、こういう並びが起こります。二つの数字が逆を向いた月は、単月で決めずに次を待つ、という構えが取れます。
その数字は、いつの時点のものか
高金利通貨を円で持つ形は、受け取るスワップと、レートの動きという二つの層でできています(この分け方は二層構造の金利差にまとめました)。アメリカの雇用統計は、そのどちらにも回ってきます。
そして、その入り口に置かれている数字が、あとから書き換わる。確定した事実ではなく、途中経過を見ているということです。
発表の夜に動いた値段は、そのときに見えていた数字への反応です。2か月後に前提が変わっても、その夜に動いた値段は戻りません。次に数字を見るときは、良かったか悪かったかの前に、それがいつの時点の、どれだけ集まった数字なのかを一度置いてみてください。

