「世界的なリスクオフで、ランド円が下落しました」
相場のニュースで、この種の一文をよく見かけます。読んだ瞬間は分かった気になりますが、落ち着いて読み返すと、実はほとんど何も言っていません。なぜ下がったのかを知りたいのに、「下がるムードだったから」と返されているようなものです。
しかもこの言葉は、南アフリカで特に何も起きていない日にも使われます。国の事情と関係なく通貨が動く日がある。それが、この言葉の背後にある本当の中身です。
リスクオンとリスクオフ――投資家が二つのモードを行き来する
言葉そのものの意味は単純です。リスクオンは、多少の危険を取ってでも増える見込みのあるものを持ちたい状態。リスクオフは、増えなくていいから減らないものを持ちたい状態です。
大事なのは、これが個人の判断ではなく、多くの投資家が同じ側に傾く現象だという点です。一人が慎重になっても相場は動きません。世界中の資金が同じ方向に向きを変えるから、値段が動きます。
きっかけになるのは、金融危機、感染症の拡大、戦争や地政学の緊張、大国の金融政策の急変、大きな金融機関の破綻といった出来事です。並べてみると、共通点が見えてきます。先が読めなくなることです。悪いニュースそのものというより、見通しが立たなくなったことが引き金になります。
だからリスクオフは、悲観というより判断の保留に近いものです。分からないので、いったん手元に戻しておく。この性質は、後で触れる「戻ってくる下落」の話につながります。
二つのモードで、何がどう動くか
投資家がモードを切り替えると、資産の顔ぶれがはっきり分かれます。
| 資産 | リスクオン | リスクオフ |
|---|---|---|
| 高金利通貨(ランド・ペソ・リラ) | 買われやすい | 売られやすい |
| 先進国の株 | 買われやすい | 売られやすい |
| 米国債 | 買われにくい | 買われやすい |
| 金 | 局面による | 買われやすい |
| 米ドル | 局面による | 買われやすい |
| 円 | 売られやすい | 買われることがある(後述) |
この表で確かめておきたいのは、高金利通貨がどちら側の資産なのかという点です。ランド、ペソ、リラは、リスクオンで買われ、リスクオフで売られる側にはっきり属しています。高金利という魅力は、投資家が危険を取れる気分でいる間にこそ評価されるものだからです。
なぜ、その国に何もなくても売られるのか
高金利通貨を持つ人が最も戸惑うのが、この点だと思います。南アフリカで悪いニュースなど出ていないのに、ランドが売られる。理由は二つあります。
一つ目は、投資家に個別の事情を見分けている余裕がないことです。急いで資金を引き揚げるとき、投資家は「新興国」という箱ごと外していきます。南アフリカの鉱山が止まったわけでも、中央銀行が信認を失ったわけでもない。それでも、箱に入っている以上、一緒に外されます。
二つ目は、売りたいものからではなく、売れるものから売ることです。現金が必要になったとき、まず手放されるのは買い手がつく資産です。取引しやすいという平時の長所が、危機の入り口では「真っ先に売られる理由」に反転します。
こうして、まとめて売られる状態ができあがります。なお、円を借りて高金利通貨を買う取引が一斉に手仕舞われると、この売りはさらに増幅されます。その仕組みと、通貨ごとに沈み方がどう違うのかは円キャリーの巻き戻しで詳しく扱っています。
円は、もう「安全な側」とは限らない
教科書的な説明では、リスクオフで買われる代表格が円です。ところが、この反応はここ数年、はっきり弱まりました。日本と米国の金利差が大きく開き、貿易収支の姿も変わったためで、リスクオフでもむしろ円安に振れる場面が出てきています(この変化は円安は高金利通貨にどう効く?で扱いました)。
ただし、円買いがなくなったわけではありません。円キャリー取引が大きく巻き戻される局面では、円は買い戻される側に回ります。新興国通貨安と円高が同じ瞬間に重なると、クロス円は二重に下がります(この二階建ての構造は二層構造の金利差で扱っています)。
「リスクオフ」の一言を、順番に分解する
冒頭の一文に戻ります。「リスクオフでランド円が下落しました」を、起きた順番に割ってみます。
| 段 | 問い | 中身の例 |
|---|---|---|
| 1 | 何が起きたか | 大国の金融政策が急に変わった、地政学の緊張が高まった |
| 2 | 投資家は何をしたか | 危険なものを減らし、現金や安全な資産に移した |
| 3 | 結果、何が売られたか | 新興国通貨や株が売られ、米国債や金が買われた |
| 4 | その通貨に固有の事情はあったか | 多くの場合、なかった |
要になるのは4段目です。ここが「なかった」なら、それはその国の問題ではない下落ということになります。逆に固有の事情が入るなら、話は別です。2008年の金融危機や2020年のコロナショックのように世界全体が揺れた局面と、その国の政治や財政が震源になった局面とでは、意味がまるで違います(ランドの実例はランド暴落の歴史にまとめています)。同じ下げ幅でも、前者はその通貨について新しいことを何も教えていません。後者は、持つ前提そのものが変わったかもしれない重要な情報です。
リスクオンの時間に、何が起きているのか
当サイトでは、急落や暴落、巻き戻しについて繰り返し書いてきました。ただ、公平に言えば、相場の大半の時間はリスクオフではありません。
そして、スワップが実際に積み上がるのは、リスクオンの時間です。世界が落ち着いていて、投資家が利回りを取りにいく気分でいる期間です。この間、高金利通貨は買われ、レートは底堅く推移し、スワップは毎日入ってきます。高金利通貨で利益が出ているとき、その背景にあるのはたいていリスクオンです。
つまり、高金利通貨を持つというのは、こういう形の賭けになります。リスクオンの長い時間で積み上げたものが、リスクオフの短い時間で失われる分を上回るかどうか。
そして、この二つの時間は、長さも速さも違います。積み上がるのはゆっくり、失われるのは速い。だから結果を分けるのは、どちらのモードが長く続いたかだけではありません。リスクオフの一撃が来たときに、どれだけ耐えられる持ち方をしていたかによっても変わります(この持ち方については強制ロスカットとは?で扱いました)。
構造が効かない日と、効く日
通貨ごとに動く原因が違う――これが当サイトの前提です。資源で動く通貨、隣の大国で動く通貨、国内政治で動く通貨。ところがリスクオフの日には、その違いがいったん消えます。区別なく、まとめて売られる。構造から読もうとする立場からすると、分の悪い日です。何を調べていても、その日の下落は説明できません。
けれど、構造が影響するのはその後です。世界が落ち着いたとき、その通貨は戻ってくるのか、それとも戻らないのか。ここは通貨によってはっきり違います。ランドは2008年や2020年の急落から時間をかけて水準を回復しましたが、リラは長期の下落から戻っていません(トルコリラ暴落の歴史を参照)。下げた日は同じでも、その先は同じではありません。
見分け方――三つだけ見る
リスクオフかどうかを判断するために、見る対象を三つに絞ります。
一つ目は、米国の株が下げているかどうかです。リスクオフは、たいてい株から始まります。新興国通貨だけを眺めていると、始まりに気づけません。
二つ目は、対ドルで下げているか、それともクロス円だけが下げているかです。対ドルでも下げているなら通貨側、そうでないなら円側の事情です(この切り分けはクロス円とは?で扱いました)。
三つ目は、ほかの新興国通貨も一緒に下げているかどうかです。揃って下げているなら、その通貨自体の問題ではない可能性が高くなります。
「リスクオフだから」で、止まらないために
リスクオフという言葉は、便利すぎます。何が起きたのかを言わないまま、起きたことに名前を付けられてしまうからです。そして名前が付くと、それで納得してしまいます。
この言葉を聞いたときにやることは、一つだけです。「実際のところ何があったのか」と一段だけ戻ること。戻ってみて、その通貨に固有の事情が見当たらないなら、それは世界の都合で下げた日です。固有の事情が見つかるなら、話は別で、そこからは構造の問題になります。
たった一段戻るだけで、同じニュースから引き出せるものが変わります。

