トルコリラ(TRY)について、日本の個人投資家が抱くイメージは、たいてい二つに集約されます。「スワップがとても高い通貨」。そして「下がり続けている通貨」。どちらも事実です。政策金利は2026年時点で37%と、南アフリカランドの7%やメキシコペソの6.5%とは桁がひとつ違います。その一方で、対円レートは2007年に1リラ=99円台だったものが、いまや3円台。約19年で、対円の価値のおよそ96%が失われた計算です。

では、なぜリラは下がり続けるのでしょうか? ランドの答えは資源価格、ペソの答えはアメリカとの関係でした。ではリラは? 資源でしょうか? トルコは資源国ではなく、むしろエネルギーを輸入に頼る「資源を買う側」の国です。アメリカでしょうか? 関係は深いものの、メキシコのような一体化とはほど遠い。答えを先に言うと、リラを動かす最大のドライバーは、国の「外」ではなく「中」――中央銀行が政治から独立できていないことにあります。この記事では、その核心をやさしく解説します。ここが分かると、トルコリラのニュースの読み方が根本から変わります。

中央銀行の「独立性」は、なぜ通貨の生命線なのか

まず、中央銀行の独立性とは何かを整理しておきます。これは、金融政策の決定を、時の政権の意向から切り離して行える、という制度的な保証のことです。

なぜ大事かというと、政治家と中央銀行では、背負う時間の長さが違うからです。政治家には選挙があります。景気を良く見せたい、借金の負担を軽くしたい――そのためには金利は低いほうが都合がいい。一方、中央銀行の仕事は、5年先、10年先まで見据えて通貨の価値を守ることです。目先の景気を多少犠牲にしてでも、インフレの芽を小さいうちに摘む。利上げは、住宅ローンを抱える家計にも、借金で回る企業にも痛みを強いる不人気な決断です。この「嫌われ役」を引き受けられるのは、選挙で選ばれる立場ではないからこそ、と言えます。

そして、ここからが為替の話です。市場は、中央銀行の独立性を「この通貨は、いざというとき教科書どおりに守られるか」という信頼の担保として見ています。インフレが来たら利上げで戦ってくれる、通貨が急落したら断固として対応してくれる――その期待があるからこそ、投資家は安心してその通貨を持てます。逆に、「この国の中銀は、政権の顔色をうかがって動けないかもしれない」と思われた瞬間、その通貨を長く持つ理由は薄れます。通貨の信認とは、突き詰めれば「この国の中央銀行は、政治に邪魔されずにインフレと戦えるか」への信頼なのです。

SARBBanxicoを見るとき、私たちは「中銀が何を見て金利を決めるか」だけを追えばよいものでした。見る材料が分かれば、次の一手はある程度読める。ところがトルコでは、この前提が崩れます。トルコ中銀(TCMB)を読むには、「何を見て決めるか」の前に、「そもそも誰が決めているのか」から問わなければならないのです。

「高金利がインフレを招く」――常識と逆さまの主張

トルコの金融政策を語るうえで避けて通れないのが、エルドアン大統領の独特な経済観です。エルドアン大統領は長年、「高金利こそがインフレの原因である」と主張してきました。金利を下げればインフレも下がる、という理屈です。

世界の中央銀行が共有する標準的な考え方では、因果は逆です。インフレが起きたら金利を上げる。金利が上がれば借り入れが減り、消費や投資が落ち着いて、物価の上昇圧力が弱まる。SARBもBanxicoも、この標準ルールで動いていました。エルドアン大統領の主張は、この因果をひっくり返し、インフレのさなかに利下げを求めるものです。標準的な経済学の立場からは支持されない考え方です。

ただ、本当に重要なのは、理論の当否そのものではありません。一国のトップがどんな経済観を持っていても、中央銀行が独立していれば、金融政策は教科書どおり運営されます。大統領が何を言おうと、中銀は粛々と利上げすればいい。ところがトルコではそうなりませんでした。この考えを持つ人物が、中央銀行の人事権を握っていたからです。

その制度的な土台ができたのが2018年です。トルコはこの年、大統領に権限を集中させる統治体制へ移行し、同年の大統領令で、中銀総裁・副総裁の任命権と解任権が大統領に付与されました。金融政策そのものへの命令権ではなく、人事権。しかしこの蛇口を握られていることが、以後の「人事を盾にした圧力」の土台になります。

なお、あらかじめはっきりさせておくと、ここでの関心は特定の政権への政治的評価ではありません。見たいのはあくまで、「中銀の独立性という制度が弱いと、通貨に何が起きるのか」という経済の仕組みです。

5年で5人が交代した総裁たち

トルコ中銀総裁の任期は、法律上5年と定められています。ところが2019年以降の約5年間で、総裁は5回替わりました。

とりわけ象徴的なのが2021年3月です。この月、アーバル総裁が、在任わずか約5カ月で解任されました。注目すべきはタイミングです。解任の直前、アーバル総裁はインフレと戦うための利上げ(17%→19%)を実施していました。教科書どおりの利上げをした総裁が、その2日後に職を失ったのです。市場が受け取ったメッセージは明確でした――この国では、利上げをすると総裁が解任される

この状態が投資家に何を強いるか、少し想像してみてください。ペソの金利発表は、声明文とインフレ見通しを読めば次の一手をある程度予想できるイベントでした。ところが当時のトルコでは、会合の予想をする前に、「次の会合まで、いまの総裁が在任しているか」から考えなければなりません。声明文の分析よりも、大統領の演説のほうが金融政策の予想材料になる。金利の水準を予想する以前に、金利を決める人が明日も同じ席にいるか分からない。これが、トルコの市場参加者が長年直面してきた、他の新興国とは質の違う不確実性です。

そしてこの不確実性は、そのまま通貨の値段に乗ります。いつ利下げを強いられるか分からない通貨を、投資家は安心して持てません。保有してもらうには、その分のリスク上乗せ――より高い金利、より安い通貨価格――が必要になります。トルコリラの金利が突出して高いことと、リラが下がり続けてきたことは、別々の現象ではなく、同じ不信の裏表なのです。

ちなみに「政治の人事が通貨を揺らす」現象自体は、トルコの専売特許ではありません。南アフリカでも2015年、当時の大統領が信頼の厚い財務相を突然更迭し、ランドが急落したネネゲート事件がありました。ただ決定的な違いがあります。南アフリカで揺さぶられたのは財務相の椅子であって、中央銀行SARBの独立性そのものは保たれていました。だから市場は「財政は心配だが、通貨の最後の番人は健在だ」という前提を手放さずに済んだのです。トルコで繰り返し狙われたのは、その最後の番人そのものでした。同じ政治人事ショックでも、傷の深さが違います。

2021年――「実験」が通貨を壊した年

人事への介入が、実際の政策の歪みとして最も劇的に表れたのが2021年です。この年の9月から11月にかけて、エルドアン大統領の意向を受けた中銀は、インフレが収まっていないさなかに3会合連続で利下げを強行しました。「高金利がインフレを招く」という持論を、現実の経済で実行に移した、いわば国家規模の実験です。

異論がなかったわけではありません。しかし大統領は、利下げに反対した金融政策委員会のメンバーを更迭します。人事による統制が、総裁の首から委員会の中身にまで及んだのです。

市場の審判は苛烈でした。リラは2021年11月の1カ月だけで、対ドルで約30%下落します。ここで確認したいのは、このときの実質金利です。インフレ率が政策金利を上回る「マイナス実質金利」――リラで持っているだけで、実質的な購買力が目減りしていく状態でした。通貨を守る防波堤であるはずの金利が、その役目を放棄したのです。だとすれば、リラを売って外貨や金に逃げるのは、投機でも何でもなく、トルコ国民や投資家にとって合理的な自衛でした。通貨は、その国の国民から見放されたとき、もっとも深く売られます。

ここから、個人投資家が持ち帰れる物差しがひとつあります。高スワップ通貨を検討するときは、「その国の国民自身が、自国通貨で貯蓄できているか」を気にしてみることです。国民が自国通貨を信じられず外貨や金に逃げている国の通貨を、外国人である私たちが金利目当てで長期保有するのは、それだけ分の悪い勝負になります。金利の高さは、その通貨を持ってもらうために国が払わざるを得ない「不信の対価」でもあるからです。

そしてインフレは、通貨安によってさらに加速しました。トルコは多くを輸入に頼る国です。通貨が下がれば輸入品の値段は跳ね上がる。利下げ→通貨安→輸入インフレ→さらなる物価上昇という悪循環が回り、トルコのインフレ率は2022年に一時80%台に達しました。「金利を下げればインフレも下がる」という実験の結果は、通貨の暴落と80%のインフレだったのです。

リスクオフでもないのに、資源価格が崩れたわけでもないのに、通貨が短期間で4割落ちる。ランドやペソの型では説明できないこの動き方こそ、トルコリラの固有性です。引き金が国の外ではなく、自国の政策そのものだったのです。

2023年の転換――「正統派」チームが景色を変えた

ここまで読むと救いがないように見えるかもしれません。しかし2023年、物語は大きく転換します。

2023年6月、大統領選を制したエルドアン大統領は、意外な人事を打ちます。市場からの信頼が厚いシムシェキ氏を財務相に、中銀総裁には米金融業界出身のエルカン氏(トルコ初の女性総裁)を起用したのです。低金利路線を強いてきた張本人が、「正統派」――インフレには利上げで対処するという、教科書どおりの金融政策を志向するチーム――に経済のかじ取りを委ねました。80%に達したインフレと通貨の崩落という実験の代償が、路線変更を迫った、と受け止められています。

正統派チームの仕事は徹底していました。2023年6月から2024年1月にかけて、8会合連続、合計36.5%分の利上げを実施します。FRBの利上げが通常0.25%刻みであることを思えば、その異様さが分かります。8.5%だった政策金利は、エルカン総裁のもとで45%まで引き上げられました。

なお、2024年2月にエルカン総裁が退任し、副総裁だったカラハン氏(ニューヨーク連銀やアマゾンでエコノミストを務めた人物です)が総裁に昇格します。ただし、正統派路線は1ミリもブレずに引き継がれました。政策金利はカラハン総裁のもとで2024年3月に50%へ到達し、そこから2024年12月まで9カ月間、据え置きで維持されます。金利を引き上げたこと以上に、この「維持」が重要でした。物価が少し落ち着けばすぐ利下げに転じるのではないか――市場のこの疑念を、9カ月の据え置きが時間をかけて打ち消していったのです。

実際、インフレは目に見えて鈍化します。トルコのインフレ率は2024年5月の75%台をピークに低下し、2024年通年では44.4%、2026年半ばには32%台まで下がってきました。30%超を「成果」と呼ぶ感覚には戸惑うかもしれませんが、80%の世界から見れば明確な前進です。

同じ国、同じ大統領のもとで、経済チームが替わり、教科書どおりの政策が戻っただけで、通貨の景色は変わりました。トルコの2021年と2023年は、いわば同じ被験者で行われた対照実験のような2年なのです。

この独立性は、「制度」なのか「人」なのか

さて、めでたしめでたし――とはなりません。最後に、この「正統派転換」が何の上に立っているのかを、冷静に確かめておきます。

SARBやBanxicoの独立性は、憲法や法律、長年の運用の積み重ねに根ざした制度でした。政権が代わっても総裁が代わっても、枠組みそのものは残ります。一方、トルコの正統派転換は何に支えられているでしょうか? 総裁の任命・解任権を大統領に与えた2018年の制度は、いまもそのまま残っています。エルドアン大統領が持論を撤回した、という話も聞こえてきません。変わったのは制度ではなく、大統領が正統派チームに任せている、という「判断」です。

つまり、いまトルコ中銀が教科書どおりに動けているのは、独立性が制度として回復したからではなく、シムシェキ氏・カラハン氏という「人」への委任が続いているからだ、と見るのが正確でしょう(2026年半ば時点で、この体制は続いています)。委任は、制度と違って、判断ひとつで撤回できます。利上げをした総裁が2日後に解任された2021年の記憶は、市場から消えていません。

だからこそ市場は、政策金利やインフレ率という経済指標だけでなく、経済チームの人事をめぐる観測、大統領の金利についての発言、そして野党や司法をめぐる国内政治の動きにまで、神経を尖らせ続けています。

結局、リラを見るとき何を見ればいい?

この記事の内容を、実際にリラを見るときの目線に翻訳しておきましょう。リラに関わるなら、経済指標カレンダーの前に、次の四つを定点観測しておきたいところです。

ランドを見るとき資源価格を見て、ペソを見るときアメリカを見たように、リラを見るときに最初に見るべきは、金利の数字そのものではなく、その金利を決めている人たちが、明日も同じ席にいられるかどうかなのです。

この脆さのうえで、いま37%という政策金利と、30%を超えるインフレが綱引きをしています。政策金利37%と聞くと、途方もない高金利に見えます。ですが、インフレが32%あるとき、その金利は実質でどれほど残るのでしょうか? そして、仮に実質でプラスの利回りが残っていたとしても、なぜリラ安のトレンドは完全には止まらないのか――。

この「高インフレの国で金利はどう効くのか」、そしてその鍵を握るトルコリラの高いスワップの正体を、次の記事「トルコリラの金利37%の“正体”とは?高スワップと実質金利をやさしく解説」で深掘りします。名目の数字の派手さに惑わされないための、いちばん大事な視点です。