中央銀行がいつ集まって金利を決めるかは、前もって公表されています。当サイトの会合カレンダーでも、次はどの国がいつなのかを確認できます。

その日に議論される材料のうち、いくつかは会合よりずっと前に決まります。

そのうちの一つが、賃金です。南アフリカ、メキシコ、トルコは、いずれも国が最低賃金を決め、改定の日付も先に決まります。2026年の分は、もう出そろいました。

2026年の賃上げは、もう決まっている

トルコは2025年12月23日、労働社会保障省が2026年1月1日からの最低賃金を発表しました。メキシコも2025年12月3日に発表し、こちらも1月1日から。南アフリカだけが少し遅く、2026年2月3日の官報(54075号)で告示され、3月1日から施行されています。

三つとも、その年の最初の政策決定会合より前か、ほぼ同じ時期です。金利をどうするかを議論する時点で、その年の人件費がいくら上がるのかは、すでに分かっています。

物価が落ち着いてくるとスワップが細っていく道筋はディスインフレとは?で扱いました。ここで見たいのは、その物価が落ち着ききらないとき、何が残っているのかです。

27%・13%・5%――一番大きい引き上げだけが、物価に追いついていない

2026年の引き上げ率を、三つ並べてみます。

南アフリカランドメキシコペソトルコリラ
新しい額になる日2026年3月1日2026年1月1日2026年1月1日
引き上げ率約5.0%13%27%
改定後の額時給30.23ランド日額315.04ペソ月額33,030リラ
直近のインフレ率4.3%3.12%31.75%
2026年の最低賃金の改定と、2026年7月のインフレ率。金額は各国の公表値で、トルコは税や保険料を引く前の額。メキシコの日額は全国の水準で、北部の国境地帯には別の額がある。

引き上げ率だけを見れば、トルコが飛び抜けています。27%という数字は、残る二つの2倍以上です。

ところが、表の下の二段を縦に見ると、印象が変わります。トルコの27%は、同じ年に31.75%上がった物価に追いついていません。残る二つは、どちらも物価の伸びを上回っています。

引き上げ率の大きさは、その国の物価の高さの裏返しでもあるということです。引き上げ率が一番大きい国の働く人が、一番得をしているとは限りません。名目とインフレ率をセットにして初めて意味が出るという話は実質金利とは?で扱いましたが、賃金も同じです。

表にはもう一つ、単位の違いが出ています。南アフリカは時給、メキシコは日額、トルコは月額。最低賃金という同じ言葉が、国によって違う単位で決められています。

決め方が、三つとも違う

なぜ引き上げ率がこれほど開くのでしょうか。決め方を並べると、性格の違いが見えてきます。

南アフリカメキシコトルコ
誰が決めるか委員会が勧告し、雇用労働省が官報で告示政府が発表労働社会保障省が発表
いつ決まるか2月の官報、3月から12月、翌年1月から12月、翌年1月から
何に合わせるか前の年の物価に、上乗せする形賃金の水準そのものを引き上げる目標その年に起きたインフレ
近年の動き前の年のCPI平均を3.2%として、1.5%を上乗せする形が勧告された2018年に88.36ペソだった日額が315.04ペソへ49%→30%→27%と縮んできた
2026年の改定にあたっての各国の公表資料にもとづく。南アフリカの上乗せ幅は委員会の勧告による数字。

南アフリカは、ほぼ計算式で決まります。前の年の物価に一定の幅を上乗せする、という考え方が先にあり、それを委員会が勧告して官報になる。物価より少しだけ上に置く、という設計です。賃金がインフレを押し上げる側に回りにくい仕組みだとも言えます。

メキシコは違います。表の最後の行にある8年間の動きは、物価に合わせた結果ではありません。賃金の水準そのものを引き上げるという目標が先にあり、そこから出てきた数字です。

トルコは、追いかける側です。引き上げ率は年ごとに縮んできましたが、これは物価の伸びが落ちてきたことの裏返しで、賃金が先に立っているわけではありません。2023年には、年の途中でもう一度引き上げています。年に一度の改定では追いつかない年があった、ということです。

この数字を、政策金利を決める側がどう扱うのかは、国によって違います。南アフリカの中央銀行が何を見ているのかはランド円の金利を決めるSARBとは?で扱いました。

原油や通貨安と、賃金はどこが違うのか

物価を押し上げるものは、賃金だけではありません。原油が上がれば輸送費に乗りますし、通貨が下がれば輸入品の値段が上がります。ただ、この二つには共通点があります。原油が100から150に上がった年は、前年比では5割の上昇です。ところが翌年も150のままなら、前年比はゼロになります。値段は高いままなのに、前年比の数字からは抜けていきます。

賃金は、抜けません。上がった人件費は、外食や理美容や修理といった、輸入とほとんど関係のない値段に入り込みます。しかも、いったん上がった給料は下がりにくい。輸入の側が落ち着いたあとに、この部分だけが残ります。物価の最後の数%が落ちない、と言われるのは、この部分のことです。

メキシコで起きているのが、まさにこれです。全体のインフレ率は2026年7月に3.12%まで下がりましたが、食品とエネルギーを除いたコアの部分は3.95%で、下げ足はもっとゆるやかです。中央銀行が利下げに慎重なのは、この差を見ているからです。

トルコは、まだ全体が31.75%の水準にあります。中央銀行自身の2026年末の見通しは26%で、当初の16%前後から二度にわたって引き上げられてきました。27%の賃上げがこの見通しにどう表れるのかは、これから出てくる月々の数字を待つことになります。見通しそのものが動くという論点はトルコリラの金利37%の“正体”とは?で扱いました。

口座には、スワップの減り方として届く

では、日本からこの通貨を買っている側には、どういう形で届くのでしょうか?

スワップの原資になっているのは、相手の国と日本の政策金利の差です。トルコが37.00%、南アフリカが7.00%、メキシコが6.50%で、日本が1.00%。この差が縮めば、スワップは細ります。この層の見方は二層構造の金利差で扱いました。

賃金からスワップまでは、間にいくつも段があります。賃金が上がる、サービスの値段に入る、コアの部分が落ちない、中央銀行が利下げを見送る、金利差が保たれる、その結果スワップが減らない。順にたどると、遠回りに見えます。

賃上げが大きい年ほど、利下げは遅れやすい。持っている側から見れば、スワップが減りにくい年です。そして、物価がまだ落ち着いていない年でもあります。スワップが減りにくいことと、通貨が下がりやすいことが、同じ年に起きます。

円も、同じ構図の中にあります。日本の金利がどう動くのかにも、国内の賃金という材料が入ってきます。クロス円を持つと、二つの国の賃金から影響を受けます。

年が明けたら、見ておく数字は二つ

使い方に落とします。年が明けたら、二つの数字を確認しておくことが重要です。

一つ目は、引き上げ率そのものです。前の年より大きいのか、小さいのか。トルコのように年を追って小さくなっているなら、物価が落ち着く方向と見られます。

二つ目は、その引き上げ率と、同じ年の物価の目安との距離です。メキシコの中央銀行は3%(許容は2〜4%)を目安に置き、全体が3%に収まるのは2027年の第2四半期ごろと見ています。南アフリカは3%(±1%)、トルコの2026年末の見通しは26%です。賃上げ率がこの目安から離れているほど、利下げの話は先になりやすくなります。

Banxicoが何を見て金利を決めているのかはメキシコペソの政策金利の推移で扱いました。賃金は、そこに並ぶ材料の一つとして、年の初めにはもう公表されています。

物価は、誰かの給料でできている

インフレというと、原油や通貨安のような、外から来るものが思い浮かびます。実際、そこから始まることは少なくありません。ただ、最後まで残る部分は、その国で働いている人の給料です。

だから賃上げのニュースは、読む位置によって違うものに見えます。その国で暮らす人にとっては、生活が少し楽になるかどうかの話です。通貨を持っている側にとっては、高い金利がいつまで続くのかの話になります。

次の会合で中央銀行が何を言うのかを待つ前に、その年の初めにもう出ている数字を一度見ておく。カレンダーには載っていない材料ですが、会合よりも早く手に入る情報です。