今週の主役は、金曜に出た米雇用統計でした。7月の非農業部門雇用者数は前月比2万3,000人の減少。市場は8万〜9万人程度の増加を見込んでいたので、方向がまるごと逆という結果です。これを受けて米国の利下げ観測が一気に強まり、ドルが全面安になりました。

新興国通貨にとって、ドル安は本来なら追い風です。実際、ランドもペソも対ドルで買われ、ペソは年初来の最強水準に迫る17.22ペソ、ランドも16.2ランド台まで戻しました。ところが円建てで見ると、三通貨とも指標発表前より下落しました。円がそれ以上に買われたからです。

通貨側が良くなっているのに、円建ての評価は減る――この「ねじれ」は、これで三週連続になりました。ただし今週は、そこにもう一つ新しい要素が加わっています。円キャリー取引の巻き戻しです。外(ランド=資源)/隣(ペソ=対米連動)/中(リラ=国内政治とインフレ)の順に見ていきます。

今週の三通貨(8/3〜7)

通貨ペア週末終値の目安対ドルの水準今週の主役
ランド円(ZAR/JPY)9.6〜9.7円16.2ランド台ドル安で対ドルは大幅改善
ペソ円(MXN/JPY)9.1円前後17.2ペソ台Banxico据え置きと年初来高値圏
リラ円(TRY/JPY)3.29〜3.32円47.7リラ前後インフレ低下も減価は継続
※水準は週間のおおよそのレンジです。週末にかけて値動きが速まった場面もあるため、確定した日足の終値は、公開前にご利用のレート元でご確認ください。

先週と同じ構図が、より極端な形で出ました。ランドは対ドルで16.5から16.2台へと明確に買われています。それでもランド円がほぼ横ばい〜小幅安にとどまったのは、ドル円が160円台から157円前後まで下げたからです。ランド円は「ドル円 ÷ ドルランド」という割り算なので、分母(ドルランド)が改善しても、分子(ドル円)がそれ以上に縮めば、答えは増えません。

円側:雇用統計の急失速と、確認された介入の規模

米雇用統計:数字そのものより、修正幅が重い

金曜に発表された7月の米雇用統計は、非農業部門雇用者数が2万3,000人の減少でした。増加が続いていた流れが途切れた形です。内訳では、地方政府の教育部門が5万人減、小売業が1万9,000人減と、特定分野の落ち込みが目立ちました。一方で医療分野は増加が続いています。

市場がより重く受け止めたのは、過去分の下方修正でした。5月分は6万6,000人下方修正されて6万3,000人増に、6月分も3万7,000人下方修正されて2万人増に改められています。つまり、これまで見えていたよりも労働市場はずっと弱かった、ということです。

なお失業率は4.1%と、前月の4.2%から低下しました。雇用者数が減っているのに失業率が下がるのは、職探しをやめた人が増えている可能性を示唆します。数字の方向が食い違うときは、単月で判断せず次月以降を見たいところです。

この結果を受けて、米国の利下げ観測が急速に強まりました。先週のFOMCで3人の委員が「利上げ」を主張していたことを思えば、わずか一週間での様変わりです。米金利の低下観測がドル安を招き、ドル円は157円台前半まで下落しました。

介入の規模が見えてきた

先週お伝えした7月末の介入について、日銀当座預金のデータから規模の推計が出ています。市場推計では、7月30日の介入は約8兆4,500億円(約528億ドル)。単日としては過去最大規模とみられます。さらに別の日にも約5兆3,300億円(約340億ドル)規模の介入があったとされ、合計すると月間ベースで過去最大の水準です。

もう一つ、先週は「米当局と協調した形」とだけ書いた点が、はっきりしてきました。7月31日の介入は、米財務省がニューヨーク連銀を通じて動いた日米の協調介入だったと報じられています。円買い方向での日米協調は、アジア通貨危機で円安が進んだ1998年6月以来、約28年ぶりです。

米側が売ったのは、ドルではなくユーロでした。ドルを売れば米国が自国通貨を意図的に下げたことになりますが、ユーロを売って円を買う形なら、その批判をかわしながら円安の是正に手を貸せます。(参考:為替介入は効くのか

ただし、通貨当局は依然として実施を確認していません。正式な確認は8月末の公表を待つことになります。(介入の有無や規模を推計する仕組みそのものは、日銀当座預金の増減と市場予想の差から逆算する、というのが基本的な考え方です)

そして始まった、キャリーの巻き戻し

今週一番注意して見たいのが、ここです。米国の利下げ観測でドル金利が下がる一方、日銀は6月に1.0%まで利上げ済み。米国と日本の金利差が縮む方向に動きました。

金利差が縮むと、低金利の円を借りて高金利資産を買う「円キャリー取引」の妙味が薄れます。今週は実際に、そのポジションを手じまう動きが出たと報じられました。ドル円の下げが速かったのは、雇用統計への素直な反応だけでなく、この巻き戻しが重なったためと考えられます。

先週、日本の金利上昇がスワップの前提を変えつつある、という話を書きました。今週は、その変化が米国側からもやってきた形です。(参考:スワップ狙いが崩れるとき

外(ランド):ドル安で16.2ランド台へ、実質金利の高さが効く

ランドは今週、対ドルで着実に買われました。週末の金曜には16.2ランド台まで水準を切り上げ、日中では前日比0.67%の上昇です。7月下旬に17ランドを試した局面から、一転して回復基調に入っています。

理由は二つあります。一つは、今週のドル全面安。もう一つは、原油の落ち着きです。中東の緊張緩和が続き、燃料価格の上昇圧力が和らげば、先週まで見てきた南アフリカのインフレ加速にもブレーキがかかります。SARB(南アフリカ準備銀行)が7月に据え置きを選んだ判断の前提だった不確実性が、少しずつ晴れてきた格好です。

もう一点、今の局面で効いているのが実質金利の高さです。政策金利7.00%からインフレ率を差し引いた実質の利回りは、主要な新興国の中でも高い部類に入ります。米国が利下げに向かう局面では、この「実質で見ても高い金利」が資金を引きつける材料になります。ランドが対ドルでしっかりしているのは、単に高金利だからというより、物価を差し引いてもなお高いから、という側面があります。(参考:南アフリカランド(ZAR)とは?

隣(ペソ):Banxicoが2会合連続据え置き、年初来の最強水準へ

ペソは今週、三通貨の中で最も好調でした。対ドルで17.22ペソと、年初来の最強水準に迫る位置で引けています。52週の下限(=ペソが最も強かった水準)である17.13ペソまで、あと0.55%ほどの距離です。

支えになったのが、8月6日のBanxico(メキシコ中銀)の決定でした。政策金利は2会合連続の据え置き。インフレは目標圏内に収まっているものの、中銀はサービス分野の根強い物価上昇を警戒し、金融政策を引き締め的に保つ必要を強調しました。世界経済に減速の兆しが見える中でも、緩めない姿勢を示した形です。

この判断は、ペソにとって効果的でした。米国が利下げに向かうなら、メキシコとの金利差は開きます。米金利が下がる局面で自国の高金利を維持するというのは、キャリー狙いの資金にとって最も分かりやすい買い材料です。先週の好調なGDP(前年同期比2.2%増)と合わせ、ファンダメンタルズの追い風が続いています。(参考:Banxicoの政策金利

USMCAについては、第4ラウンドが9月初旬の予定で、8月は交渉の谷間です。当面のペソは、米国側の指標とドルの地合いに素直に反応する展開が続きそうです。(参考:メキシコと米国の関係

中(リラ):警戒されたインフレの反転は起きず

先週「答え合わせ」と書いたトルコの7月インフレ統計が、8月3日に発表されました。結果は、消費者物価が前年同月比31.75%。6月の32.11%から低下し、市場予想の31.8%もわずかに下回りました。3月以来の低い水準です。月次では1.78%の上昇でした。

TCMB(トルコ中央銀行)は7月の会合で「先行指標は7月の反転を示唆している」と警戒を示していましたが、その反転は起きませんでした。住宅・光熱費、交通、酒類・たばこといった分野で伸びが鈍化しています。中東の緊張が緩和し、エネルギー価格の上昇圧力が一服したことが効いたとみられます。ディスインフレの道筋は、いったん守られた形です。(参考:トルコの地政学リスク

もっとも、リラの対ドルは47.7リラ前後と、今週も水準を切り下げました。この1か月で約1.8%、この1年では約17%の下落です。インフレが改善しても管理された減価が淡々と続くのがトルコの特徴で、そこは変わっていません。37%の政策金利でも、31%台のインフレが本当に落ち着くと信じられないうちは、その高さが買い材料になりにくいのが現状です。ランドやペソのような「実質金利の高さで買われる」展開には、まだ距離があります。(参考:トルコの実質金利とスワップ

スワップ・キャリーのメモ:追い風と向かい風が同時に吹いている

今週の材料を、スワップ狙いの視点で整理しておきます。

追い風は、新興国側の金利が維持されたことです。SARBは7.00%、Banxicoは6.50%を据え置き。米国が利下げに向かえば、新興国と米国の金利差は広がり、これらの通貨は対ドルで買われやすくなります。実際に今週、それが起きました。

向かい風は、円側です。日銀が1.0%まで利上げし、さらに上を見ている一方で、米国は利下げへ。新興国と日本の金利差――つまりスワップの原資そのものは、日本の金利が上がる分縮んでいきます。加えて、キャリー取引の巻き戻しが始まると、円高が加速しやすくなります。

ここで、二つの金利差を混同しないことが大切です。新興国と米国の金利差は、その通貨の対ドルの強さを決めます。新興国と日本の金利差は、受け取れるスワップの厚みを決めます。今週は、前者が改善して後者が悪化するという、方向の違う動きが同時に起きました。「対ドルでは買われているのに、円で持っていると報われない」という今の感覚は、この二層構造から来ています。(スワップの仕組みはランド円スワップポイントの基本で解説しています)

来週の注目ポイント

結局、来週の新興国通貨をどう見ればいい?

今週は、新興国通貨にとって本来は良いニュースが続いた週でした。米国の利下げ観測でドルが下がり、ランドもペソも対ドルで買われ、ペソに至っては年初来の最強水準に迫っています。トルコのインフレも、警戒されていた反転を回避しました。

それでも円建てでは目減りしました。三週続けて同じ結論です。ただ、その理由は週ごとに違います。二週前は介入前の円安が下支えになり、先週は介入で円が急伸し、今週は米金利低下で円が買われた。円側の事情は毎週変わるのに、「クロス円は通貨の実力をそのまま映さない」という構造だけは変わりません

そして今週から、もう一つ意識したいことが増えました。円キャリーの巻き戻しです。日本の金利が上がり、米国の金利が下がる。この二つが同時に進むと、キャリー取引の前提は両側から削られます。高金利通貨を円で持つという戦略は、ここ十数年、日本の超低金利という土台の上に成り立ってきました。その土台が動き始めているのなら、慌てて何かをする必要はないにせよ、自分のポジションがどれくらいの円高に耐えられるかは、一度確かめておいて損はないと思います。