今週のペソ円は、上値の重い一週間でした。6月に一時9.4円台をうかがった水準から反落し、9.2円台での推移に。背景にあるのは、7月1日に迎えたUSMCA(米国・メキシコ・カナダ協定)の初の合同レビューで米国が更新に応じず年次レビューへの移行が決まったこと、そしてメキシコと米国それぞれの金融政策から生じる金利差の縮小です。

同じ高金利通貨でも、今週のランド円が原油とSARBに動かされたのに対し、ペソ円を動かしたのは「対米国」という軸でした。ペソが米国という隣国とどれだけ強く結びついているか。今週の値動きは、その構造をそのまま映しています。

今週の値動き:9.4円の壁を前に反落

ペソ円は今週、9.2円台を中心に推移しました。6月に何度か試した9.4円のレジスタンス(上値抵抗)を明確に上抜けできず、上値追いに慎重なムードが広がりました。

対ドルでは、ペソは1ドル=17.6ペソ付近と、4月初旬以来の安値をつける場面がありました。ペソ円が9.2円台まで押し戻された背景には、円安(ドル円162円台)による下支えがあってなお、ペソ自体が対ドルで売られたという事情があります。ランド円と同様、ペソ円もドル円とドルペソの掛け算で決まるため、ペソそのものの弱さと円安の綱引きで水準が決まっている点を意識しておきたいところです。

今週の主役1:USMCA合同レビューという通商リスク

今週のペソにとって最大の材料は、7月1日のUSMCA合同レビューでした。

これはUSMCAが発効後に迎える初の合同見直し(6年目レビュー)の節目でした。そして今回、その結果が判明しています。

7月1日、米国通商代表部(USTR)のグリア代表は、米国が「現行の形でのUSMCA更新には同意しない」と表明しました。メキシコとカナダは16年間の延長を支持しましたが、三国の合意に至らなかったため、USMCAの規定に基づき、以後は毎年見直しを行う「年次レビュー」プロセスへの移行が確定しました。

ここは正確に押さえておきたいところです。まず、協定が失効したわけではありません。USMCAは引き続き有効で、現行の関税優遇・原産地規則・投資保護はそのまま維持され、2036年までは効力を持ちます。16年延長という選択肢も消えたわけではなく、今後いつでも三国が合意すれば延長できます。今回起きたのは「6年目の時点で長期延長を確定させる」という選択が見送られ、代わりに毎年交渉のテーブルにつく枠組みに移った、ということです。

問題は、これによって通商ルールをめぐる不確実性が「長期化することが確定した」点です。これまでの「移行するかどうか」という仮定の話ではなくなりました。今後は毎年、自動車の原産地規則、鉄鋼・アルミ、中国製品の迂回輸出対策などをめぐって交渉が繰り返されることになります。実際、米国とメキシコは7月20日の週に次回の協議を予定しています。メキシコ経済は輸出の約8割を米国向けに依存しているため、この年次レビュー化は、企業の投資判断を鈍らせる継続的な要因になります。

さらに見落とせないのは、既存の関税が残るという点です。グリア代表は、貿易赤字が縮小するまで関税を維持する構えを示しており、鉄鋼・アルミなどへの関税緩和は当面見込みにくい状況です。年次レビューという交渉の長期化と、当面外れない関税。この二つがペソにとっての重しになります。

ペソが「高金利だから買われやすい」という従来の見方だけでは語りにくくなっているのは、この通商リスクが金利の魅力を打ち消しかねないためです。今週のペソの上値の重さは、まさにこの構図を映していました。

今週の主役2:金利差の縮小

もう一つの重しが、メキシコと米国の金融政策の方向性の違いから生じる金利差の縮小です。ここは二つの金利差を分けて考える必要があります。

対米国の金利差:ドルペソに効く

メキシコ中銀(Banxico)は緩和サイクルの一時停止を示唆していますが、市場では追加利下げ観測が完全には消えていません。6月前半のメキシコのヘッドラインインフレは予想以上に低下し、10か月ぶりの低水準となる3.55%まで鈍化しました。コアインフレも予想を下回っており、利下げ再開の余地が意識されやすい状況です。

一方の米国では、FOMCがタカ派的な姿勢を見せ、市場では年内の利上げすら織り込む動きが出ています。メキシコが利下げ方向、米国が利上げ方向となれば、両国の金利差は縮小します。これはペソ建てキャリートレードの妙味を減じ、ドルに対してペソを売る圧力となります。今週ペソが対ドルで安値をつけた一因はここにあります。

対日本の金利差:ペソ円スワップに効く

他方、日本との金利差に目を向けると、Banxicoが6月に政策金利を6.50%で据え置いたことで、対円のスワップ収益を支える構図は維持されています。日本の低金利が続く限り、ペソ円を買って保有する妙味そのものは残っています。

つまり今週のペソ円は、「対米金利差の縮小でペソが対ドルで売られる」という逆風と、「対日金利差は維持されペソ円の下支えは残る」という支えが同居する、ねじれた状態にありました。同じ「金利差」でも、ドルペソに効くものとペソ円スワップに効くものは別物で、両者を混同すると今週の値動きは読み解けません。

国内の足元:景気減速も重荷

金融政策の背景には、メキシコ経済そのものの減速もあります。2026年1-3月期の実質GDPは前期比マイナス0.6%とマイナス成長になり、Banxicoは5月末の四半期報告で2026年の成長率見通しを従来の+1.6%から+1.1%へ下方修正しました。

景気減速が鮮明になれば、Banxicoが景気に配慮して追加緩和に動く余地が意識され、これもペソには下押し材料となります。高金利という支えの土台にある経済が揺らげば、「その金利を当てにしてペソを持ち続けてよいのか」という問いが出てくるのは自然な流れです。

円側の材料:介入警戒とアノマリー

ペソ円もランド円と同様、円側の事情の影響を受けました。ドル円162円台での円買い介入への警戒がクロス円全体の上値を抑え、ペソ円の戻りも重くしました。

加えて、7月上旬は短期的な高値をつけて夏枯れ相場に向かいやすいとされる「七夕天井」のアノマリーも意識される時期です。アノマリーだけで相場を判断する必要はありませんが、USMCAの年次レビュー移行・米雇用統計・介入警戒と重要材料が重なった今週は、上昇した場面ほどいったん値動きの落ち着きを確認したい、慎重な地合いでした。

結局、来週のペソ円をどう見ればいい?

今週のペソ円は、USMCAレビューという通商リスクと金利差縮小が重なり、9.4円の壁を前に9.2円台へ反落しました。

来週にかけて意識したいのは、次の点です。第一に、年次レビュー移行が確定したUSMCAの行方です。ルール刷新をめぐる不確実性が長期化のフェーズに入ったことで、焦点は「移行するかどうか」から「移行が決まったことによる実体経済への影響」に移ります。7月20日の週の米墨協議で自動車の原産地規則や関税をめぐる要求がどこまで具体化するか、そして企業の投資手控えといった悪影響が表面化してくれば、ペソには継続的な重しとなります。第二に、Banxicoの利下げスタンスとFedの金融政策。対米金利差の縮小が続けば、ペソは対ドルで上値の重い展開になりやすいところです。第三に、ドル円と介入警戒。ペソ自身に材料がなくても、円側の動きでペソ円が振らされる点はランド円と共通します。

市場の関心は、ペソの「金利水準」そのものから、「その金利を支える経済・通商環境」へと移りつつあるように見えます。メキシコペソを見るときは、高スワップという数字の裏で、米国との関係というこの通貨の生命線がどう動いているかを合わせて眺めておきたいところです。