今週の主役は、金曜のジャクソンホールでした。ウォーシュFRB議長の講演内容が想定よりタカ派だったことで、市場の見方が一気に反転しています。9月に米国が利上げする確率は57%まで上昇しました。2週間前の時点では42%で、しかもそれは「利上げの確率が下がった」と報じられていた数字です。わずか2週間で、市場は「様子見」から「利上げもある」へと傾き直しました。
そしてもう一つ、同じ週に日本側でも動きがありました。東京都区部の消費者物価が3か月連続で加速し、日銀が9月に利上げするとの見方が8割程度まで織り込まれたのです。
つまり9月は、米国と日本が同時に利上げするかもしれない月になってきました。高金利通貨を円で持つ立場からすると、この二つは、届き方の違う逆風です。外(ランド=資源)/隣(ペソ=対米連動)/中(リラ=国内政治とインフレ) の順に見たうえで、最後にその整理をします。
- ウォーシュ議長は「この夏の物価は予想より良かったが、基調が明確に改善したとは言えない」と発言。9月利上げ観測が57%へ急上昇しました
- ドル円は再び160円台へ。7月末の協調介入で押し戻した幅が、ほぼ一巡した水準です
- ペソは17ペソ割れを維持。ドル高局面でも粘り、三通貨の中で最も底堅い展開でした
今週の三通貨(8/24〜28)
| 通貨ペア | 週末終値の目安 | 対ドルの水準 | 今週の主役 |
|---|---|---|---|
| ランド円(ZAR/JPY) | 9.9円前後 | 16.15ランド | タカ派講演で週後半に押し戻される |
| ペソ円(MXN/JPY) | 9.4円前後 | 16.98ペソ | ドル高でも17ペソ割れを維持 |
| リラ円(TRY/JPY) | 3.32円前後 | 48.2リラ | 48リラ台の後半へ、減価が続く |
今週も、円建てでは三通貨とも水準を保ちました。ただし中身は先週までと同じで、ドル円が160円台まで戻した円安に支えられています。ランドは対ドルで週後半に売られましたが、ランド円が9.9円前後を維持したのは分子(ドル円)が上がったからです。円安が対ドルの弱さを覆い隠す、という構図が続いています。
円側:タカ派講演と、日銀9月利上げ観測
ジャクソンホール:ウォーシュ議長が示した優先順位
8月27日から始まったジャクソンホール会合で、28日にウォーシュ議長が講演しました。議長はもともと「フォワードガイダンス(先行きの指針)」に懐疑的で、就任以来、FOMC声明から先行きを示す文言を削り、会見でも見通しに触れることを避けてきました。今回も、具体的な政策の道筋を約束することはありませんでした。
それでも市場が反応したのは、物価に対する明確な発言があったからです。議長は、「この夏のインフレ指標は予想より良かったが、基調的なトレンドが意味のある形で改善したことを示すものではない」と述べました。そのうえで、物価安定がFRBの最優先課題であるとの姿勢を強調しています。
これを受けて、9月会合での利上げを織り込む動きが一気に強まり、確率は57%まで上昇。短期債の利回りが数ベーシスポイント上昇し、株式市場ではS&P500が0.3%程度、ナスダック総合が0.5%程度下落しました。
思い返すと、8月初旬の雇用統計(7月は2万3,000人の減少)では利下げ観測が強まりました。その後のCPI(前年比3.4%)で「様子見」に落ち着き、そして今週のジャクソンホールで「利上げ」へ。ひと月の間に市場の見方は三度ぶれています。方向感が定まらないときほど、通貨は材料一つで振らされやすくなります。
日銀も9月利上げへ、東京の物価は3か月連続で加速
一方、日本側でも見方が固まりつつあります。28日に発表された8月の東京都区部の消費者物価は、生鮮食品を除くコアが前年同月比1.8%(7月は1.7%)。日銀が基調的な動きを見るうえで重視する、生鮮食品とエネルギーを除いた指数は2.0%(7月は1.8%)と、目標の2%に到達しました。加速は3か月連続です。
日銀の氷見野副総裁がインフレリスクへの警戒を示していたこともあり、市場では9月会合での利上げが8割程度織り込まれています。次回会合は9月17〜18日で、多くの市場参加者は政策金利が現行の1.0%から1.25%へ引き上げられると見ています。
ドル円は再び160円台
こうしたなか、ドル円は28日に160円台(日中は159円30銭〜160円20銭)まで戻しました。7月31日の協調介入は163円台後半で行われ、ドル円はその日のうちに155円台まで押し戻されました。今週の160円は、その下げ幅がほぼ一巡した水準ということになります。ここから一段の円安が進むなら、再び当局の動きが意識される局面です。(参考:スワップ狙いが崩れるとき)
外(ランド):厚くなった実質金利が、週後半のドル高でかき消される
ランドにとっては、良いニュースと悪いニュースが順番にやってきた二週間でした。
先週の4.3%が、実質金利をどこまで厚くしたか
まず良い方から。先週も扱った8月19日の統計です。7月の消費者物価指数は、前年同月比4.3%。6月の5.0%から低下し、5か月ぶりの鈍化となりました。市場予想の4.5%も下回っています。月次では0.2%の上昇で、6月の0.7%から大きく減速しました。
中身を見ると、鈍化の主役は燃料と食料品です。ガソリンは6月から7月にかけて7.1%、ディーゼルは11.7%下落し、燃料の前年比上昇率は6月の34.3%から20.6%まで縮小しました。中東情勢の緩和による原油安が、そのまま表れています。さらに食料・非アルコール飲料の上昇率は0.9%と、2010年6月以来16年ぶりの低い水準でした。
前回、政策金利7.00%から物価を引き算してみてください、と書きました。答えを出しておくと、7.00%-4.3%で実質金利はおよそ2.7%。数か月前の5.0%だった頃と比べれば、ランドの実質的な利回りは明確に厚くなりました。発表直後、ランドは0.7%ほど上昇し、国債も買われています。追加利上げの必要性が薄れたとの受け止めです。(参考:SARB政策金利ガイド)
ただし週後半はドル高に押される
悪い方のニュースが、今週後半でした。ウォーシュ議長のタカ派講演でドルが買われ、ランドは28日に16.15ランド(前日比1.02%の下落)と、1週間ぶりの弱さに押し戻されています。
インフレが落ち着いて実質金利が厚くなったという国内の好材料は、米国の金利観測というより大きな力の前では、いったん脇に置かれた形です。新興国通貨の宿命ではありますが、自国の改善が必ずしも通貨高に直結しないという一例でもあります。(参考:南アフリカランド(ZAR)とは?)
隣(ペソ):ドル高局面でも17ペソ割れを維持
三通貨の中で、今週一番粘ったのがペソでした。
今月上旬に17ペソの節目を2年ぶりに割り込んで以来、今週も16.98ペソ(メキシコ中銀の参考レートでは16.97ペソ)で週を終えています。週の値幅は16.94〜17.01ペソと、17を挟んで小刻みに推移しました。ウォーシュ議長の講演を受けて28日には0.52%ほど下落したものの、17ペソ割れの水準そのものは守っています。
これは、なかなかの底堅さです。米国の利上げ観測が強まれば、米国の利回りが上がってペソのキャリー妙味は相対的に薄れます。実際、他の新興国通貨は軒並み押し戻されました。その中でペソが持ちこたえたのは、材料が重なっているためと考えられます。政策金利6.50%という水準に加え、好調なGDP、目標圏内のインフレ、そしてUSMCA交渉の前進です。(参考:Banxicoの政策金利)
ただし、9月初旬に控えるUSMCA第4ラウンドは、当面の試金石です。ここまで買われてきた分、交渉が難航すれば反動も出やすくなります。(参考:メキシコと米国の関係)
中(リラ):48リラ台の後半へ、減価のペースは変わらず
リラは28日に48.23リラ(前日比0.95%の下落)と、48リラ台の後半へ水準を切り下げました。この1か月で約1.8%、この1年では約17.4%の下落です。
7月のインフレが31.75%まで低下したにもかかわらず、リラの減価は止まりません。理由は先週も触れた通りで、政策金利37%からインフレ率を引いた実質金利の余裕が薄いことにあります。ランドが7.00%-4.3%で約2.7%の実質利回りを確保しているのに対し、トルコは37%-31.75%で約5%。数字だけ見ればトルコの方が高いのですが、31%台のインフレが続く経済では、その差は物価の変動に簡単に飲み込まれます。名目の高さと安心感は別物です。
加えてTCMB(トルコ中央銀行)は、為替市場に介入しながら緩やかな減価を続けさせる運営を維持しています。急落は防ぐが、下落そのものは止めない。だから世界的にドルが動いても、リラは自分のペースで下がり続けます。(参考:トルコの実質金利とスワップ)
スワップ・キャリーのメモ:9月に来るかもしれない、二つの利上げ
今週一番考えておきたいのが、ここです。9月は、米国と日本が同時に利上げする可能性がある月になりました。米国が57%、日本が8割程度。この二つは、高金利通貨を円で持つ人にとって、全く違う経路で届きます。
二つの金利差を思い出してください。
米国の利上げは、新興国と米国の金利差を縮めます。ここが縮むと、資金は新興国から米国へ戻りやすくなり、新興国通貨は対ドルで下がりやすくなります。今週まさに、ウォーシュ議長の講演でランドが押し戻されたのがこの経路です。
日本の利上げは、新興国と日本の金利差を縮めます。ここが縮むと、受け取れるスワップそのものが細ります。日銀が1.0%から1.25%へ動けば、単純計算で金利差は0.25%分削られます。南アフリカが7.00%で据え置きなら、その分だけスワップの原資が減る計算です。
つまり9月は、為替(対ドル)とスワップ(対日本)の両方に、同時に向かい風が吹きうる月ということになります。もちろん、どちらも確率であって決定ではありません。ただ、片方だけを見て「まだ大丈夫」と判断すると、もう片方を見落とします。(スワップの仕組みはランド円スワップポイントの基本で解説しています)
なお、日本の利上げは円高要因でもあります。円高はクロス円を直接押し下げるので、スワップが細るのと同時に、為替でも目減りするという重なり方をしうる点は、頭に入れておきたいところです。
来週の注目ポイント
- USMCA第4ラウンド(9月初旬):ペソの最大イベント。自動車の原産地規則など難しい論点が残っており、ここまでの「前進」の流れが続くかが焦点です
- 米雇用統計(9月上旬):ジャクソンホールで利上げ観測が強まった分、次の雇用統計の重みが増しています。前回は2万3,000人の減少でした
- トルコの8月インフレ統計(9月3日):31.75%からさらに下がるか。低下が続けばTCMBの利下げ観測が出やすくなり、それはリラのスワップ縮小につながります
- ドル円と160円:160円台に戻したドル円が、さらに円安に進むなら介入警戒が再燃します。逆に日銀の利上げ観測が強まれば、円高方向にも振れやすい局面です
- 9月23日のSARB会合:インフレが4.3%まで下がったことで、利上げ論は当面おさまりそうです。据え置きが続けば、実質金利の厚さがランドを支える構図になります
結局、来週の新興国通貨をどう見ればいい?
今週は、市場の見方がまた一つ振り戻された週でした。8月初旬は「米国は利下げへ」、中旬は「様子見」、そして今週は「利上げもある」。ひと月で三度です。こういう時期に大切なのは、目先の観測を追いかけることではなく、自分の持っているものが何によって支えられているかを確かめておくことだと思います。
ランドは、インフレが4.3%まで下がって実質金利が約2.7%に厚くなりました。これは国内要因としては明確な改善です。ペソは、ドル高局面でも17ペソ割れを守り切りました。リラは、名目37%という数字の裏で減価が続いています。三者三様ですが、いずれも「なぜ今その水準にいるのか」には理由があります。
そのうえで、9月です。米国と日本が同時に利上げに動くなら、対ドルの為替とスワップの厚みが、両方から削られることになります。すぐに何かが起きるわけではありません。ただ、この数か月ずっと「円安が対ドルの弱さを覆い隠している」と書いてきました。もし日銀の利上げでその円安が反転するなら、覆い隠されていたものが表に出てきます。来週以降は、円が動いたときに自分の評価額がどう変わるかを、一度そろばんを弾いておく時期かもしれません。

