先週予告した二大イベント――USMCA第3ラウンド(7/21〜)とSARB会合(7/23)――が、そろって通過した一週間でした。中でも大きかったのは南アフリカです。インフレが2年ぶりの高さに跳ね上がったのに、SARB(南アフリカ準備銀行)は利上げを見送り、市場の意表を突きました。発表後、ランドは対ドルで急落しています。
今週を貫くテーマは、「原油高でインフレは上がっているのに、中銀は動けない」という板挟みでした。SARBは据え置き、TCMB(トルコ中央銀行)も4会合連続の据え置き。どちらも原油高がインフレを押し上げる局面にありながら、景気の弱さを前に手を縛られています。この構図を、外(ランド=資源)/隣(ペソ=対米連動)/中(リラ=国内政治とインフレ)の切り口で見ていきます。
- SARBは政策金利7.00%を据え置き。市場は利上げを織り込んでいたため、ランドは対ドルで急落し16.70ランド台と5月19日以来の安値に
- USMCA第3ラウンドは3日間の技術交渉を実施。米側の懸念事項が54件から14件へ絞り込まれたとされ、ペソは17.5ペソ前後で落ち着いて推移
- ドル円は一時163.99円と約40年ぶりの高値。来週はFOMCと日銀会合が控え、円側が主役になりそうです
今週の三通貨(7/20〜24)
| 通貨ペア | 週末終値の目安 | 対ドルの水準 | 今週の主役 |
|---|---|---|---|
| ランド円(ZAR/JPY) | 9.7〜9.8円 | 16.7ランド前後 | SARBのサプライズ据え置き |
| ペソ円(MXN/JPY) | 9.3円前後 | 17.5ペソ前後 | USMCA第3ラウンドの進展 |
| リラ円(TRY/JPY) | 3.45円前後 | 47.3リラ前後 | TCMB据え置きと原油高 |
今週とくに注目したいのが、ランドです。対ドルでは16.5から16.7へと明確に下落したのに、ランド円は9.7〜9.8円台とさほど崩れていません。理由は単純で、同じ週にドル円も163円台へ円安が進んだからです。ランド円が「ドル円 ÷ ドルランド」という割り算で決まることが、これほどはっきり出た週も珍しいと思います。ランドそのものの弱さが、円安によって覆い隠された格好です。
円側の共通項:40年ぶり安値と、高まる介入警戒
中東情勢は、今週さらに緊迫しました。ホルムズ海峡の封鎖が続くなか、イランと連携するフーシ派が紅海でサウジアラビアのタンカー2隻を攻撃。原油価格は6月11日以来の高値まで上昇しました。原油の9割超を中東に依存する日本にとっては、これ以上ないほど直接的な逆風です。
ドル円は木曜に一時163.99円と、約40年ぶりの高値(円安値)をつけました。164円という節目が目前に迫るなか、財務相が改めて「必要なら行動する」との姿勢を示し、介入警戒は最高潮です。金曜にはドル円がやや押し戻される場面もありましたが、これが実際の介入によるものかどうかは、月末に公表される介入実績データを待つことになります。
つまり今週も、三通貨すべてが「原油高による円安圧力」という強い追い風(クロス円にとっては下支え)の上に乗っていました。各通貨の対ドルの動きを読むときは、この円側の力を差し引いて見る必要があります。
外(ランド):インフレ2年ぶり高値、それでもSARBは動かなかった
今週の主役は、間違いなくランドでした。
週前半:CPIが2年ぶりの高さへ
7月22日に発表された6月の消費者物価指数(CPI)は、前年同月比5.0%。5月の4.5%から加速し、2024年6月以来2年ぶりの高い伸びとなりました。中身を見ると、押し上げの主役は交通費です。前年比12.7%の上昇(5月は9.4%)で、その背景にあるのが燃料価格の高騰。燃料は1年で34.3%も上がり、内訳ではディーゼルが50.8%、ガソリンが31.7%の上昇でした。中東情勢による原油高が、そのまま南アフリカの物価に転嫁されている構図です。
この数字を受けて、市場では「SARBは利上げに動くはずだ」との見方が一気に強まりました。クガニャゴ総裁がインフレ期待の上振れを繰り返し警戒してきた経緯もあり、翌日の会合は利上げが本線、というのが大方の読みでした。
週後半:まさかの据え置きと、ランドの急落
ところが7月23日、SARBの金融政策委員会(MPC)が示したのは政策金利7.00%の据え置きでした。委員の内訳は、6人中4人が据え置き、2人が0.25%の利上げを主張。プライムレートも10.50%に据え置かれています。
クガニャゴ総裁が据え置きの理由に挙げたのが、先行きの不透明さと景気の弱さでした。総裁は、中東の紛争が「新たで不安定な段階に入った」と述べ、世界のエネルギー市場を巡る不確実性が改めて高まっていると指摘。四半期予測モデルでは、政策金利は年内おおむね横ばいで推移する姿が示されました。インフレは確かに上振れているが、原油高の先行きが読めないうえ、成長も弱い――だから今は動けない、という判断です。
市場の反応は、正直でした。利上げを織り込んでいた分の巻き戻しで、ランドは対ドルで一時2.5%規模の急落。1ドル=16.70ランド前後と、5月19日以来の安値をつけました。抵抗線とされた16.50を突破し、市場では17ランドが視野に入るとの声も出ています。
ここで押さえておきたいのが、二層の金利の考え方です。今回の据え置きは、対ドルの為替レートにとっては明確なマイナス材料でした(米国との金利差が広がらないため)。一方、日本との金利差、つまりスワップの原資という面では、7.00%という高い水準そのものは維持されています。同じ「据え置き」でも、為替に効く経路とスワップに効く経路は別物です。(参考:南アフリカランド(ZAR)とは?)
隣(ペソ):USMCA第3ラウンドは前進、ペソは落ち着き
ランドが揺れた一方、ペソは対ドルで17.5ペソ前後と、今週も落ち着いた値動きでした。
注目のUSMCA(米国・メキシコ・カナダ協定)第3回二国間交渉は、7月21日からメキシコシティで3日間にわたって行われました。議題は、鉄鋼・アルミとその派生製品、自動車、経済安全保障、労働、農業、電子決済サービスと多岐にわたります。事前に報じられていたとおり、自動車の原産地規則やメキシコ工場における中国の役割が、交渉の焦点となりました。
市場を安心させたのは、進捗の中身です。エブラルド経済相によれば、米側が提起した懸念事項は当初の54件から14件まで絞り込まれたとされています。協定そのものは現行の形での更新が見送られたままですが、問題が解決されるか協定が終了するまでは効力を維持する建て付けであり、「決裂ではなく、粛々と論点を潰していく交渉」という受け止めが広がりました。ペソが大きく崩れなかったのは、この落ち着いた進展が背景にあります。(参考:メキシコと米国の関係)
金融政策面でも、ペソの足場は比較的しっかりしています。6月のインフレ率は3.37%と2020年12月以来の低水準で、Banxico(メキシコ中銀)の目標レンジ内。政策金利は6.50%で据え置かれ、当面は同水準を維持する姿勢です。インフレは落ち着き、金利は高いままという、キャリー狙いには好都合な組み合わせが続いています。原油高という今週最大のテーマから距離を取れたことも含め、三通貨のなかでは最も穏やかな一週間でした。(参考:Banxicoの政策金利)
中(リラ):4会合連続の据え置き、原油高がディスインフレを脅かす
リラの対ドルは47.3リラ前後と、じりじりと水準を切り下げる展開が続きました。
TCMB(トルコ中央銀行)は7月の会合で、政策金利(1週間物レポ金利)を37%で4会合連続の据え置きとしました。市場の予想どおりの結果です。あわせて、翌日物の貸出金利は40%、翌日物の借入金利は35.5%に据え置かれています。政策金利という一点だけでなく、この上下の幅(金利回廊)で資金の出入りを調節しているのがトルコの特徴で、紛争開始以降は上限側の40%で資金を供給することで、実質的に引き締め気味の運営が続いています。
中銀の説明によれば、6月は基調的なインフレのトレンドがわずかに鈍化したものの、先行指標は7月の反転を示唆しており、インフレリスクは残ったままです。トルコは純粋なエネルギー輸入国であり、中東の紛争による原油高は、そのまま物価の上振れ要因になります。インフレ改善の道筋(ディスインフレ)が、外部要因で脅かされているという構図は先週から変わっていません。(参考:トルコの地政学リスク)
南アフリカと並べると、共通点がはっきりします。どちらも原油高でインフレが上振れる圧力にさらされ、どちらも中銀は動かなかった。ただ、その理由は少しずつ違います。SARBは景気の弱さと先行き不透明を理由に利上げを見送り、TCMBはすでに37%という極めて高い水準にあるため、金利回廊の運用で微調整するにとどめている――そんな違いです。(参考:トルコの実質金利とスワップ)
スワップ・キャリーのメモ
今週は、三通貨の中銀がそろって「据え置き」を選んだ週でもありました。スワップの観点では、これは当面の水準が維持されるということでもあります。
ランドはSARBが7.00%を維持し、年内は横ばいとの見通しも示されたため、スワップ水準は当面安定しそうです。ただし今回のように、利上げ期待が外れると為替のほうが大きく下に振れる点は注意が必要です。日々受け取るスワップに対して、一日で2%を超える下落は決して小さくありません。(参考:スワップ狙いが崩れるとき)
ペソはBanxicoが6.50%を据え置き、インフレも落ち着いており、三通貨のなかでは最も安定感のあるキャリー環境です。リラは37%と突出した名目金利ですが、管理された減価が淡々と続くため、スワップ益と為替差損を合わせた「手取り」で見る視点が欠かせません。(スワップの仕組みはランド円スワップポイントの基本で解説しています)
来週の注目ポイント
- FOMCと日銀会合:来週の主役は円側です。米金融当局と日銀がそろって政策を決める週で、その結果しだいでドル円が大きく動けば、三通貨すべてのクロス円が振らされます
- 164円と介入:ドル円は163.99円まで到達し、節目の164円が目前です。ここを超えるか、あるいは実際の介入が入るかで、クロス円の地合いは一変します。月末公表の介入実績データも要チェックです
- ランドの下値:16.50を抜けて16.70まで来たランドが、17ランドを試しに行くのか、いったん落ち着くのか。SARBが動かないと分かった以上、当面はドル側と原油次第の展開になりそうです
- 中東情勢と原油:紅海のタンカー攻撃、ホルムズ海峡の封鎖と、状況は悪化方向です。南アのインフレ、トルコのディスインフレ、そして円安――すべての起点がここにあります
- USMCAの次のラウンド:14件まで絞り込まれた懸念事項が、今後どう決着していくか。ペソにとっては引き続き最大の変数です
結局、来週の新興国通貨をどう見ればいい?
今週は、「原油高でインフレは上がっているのに、中銀は動けない」という板挟みが、はっきりと表に出た一週間でした。南アフリカはCPIが2年ぶりの高さに達しながら据え置き、トルコも4会合連続の据え置き。動かないという選択に、ランドの場合は急落という形で市場が反応しました。一方でペソは、原油高というテーマから距離を取れたぶん、USMCAの前進という自国の材料で静かに支えられています。
そしてもう一つ、今週いちばん実感が湧いたのは、ランド円が対ドルの急落をほとんど映さなかったという事実です。ランドは確かに弱かった。それでもランド円が9.7〜9.8円台にとどまったのは、円がそれ以上に弱かったからにほかなりません。クロス円を見ていると、通貨の実力を見誤ることがあります。
来週はFOMCと日銀会合が控え、その円側の力がさらに大きく振れる可能性があります。「いま自分が見ている値動きは、通貨側の事情か、それとも円側の事情か」。この問いを持っておくと、来週の荒れやすい相場でも、落ち着いてニュースを読めるはずです。

